「もう、独りにさせない」―誰にも頼れなかった過去ごと、年下御曹司に溺愛されています





十一月に入ってすぐ、陽葵が高熱を出した。







朝から様子がおかしいと思っていたら、案の定、熱を測ると三十八度を超えていた。
















慌てて仕事を休む連絡を入れ、小児科に駆け込む。
インフルエンザではなく、ただの風邪だと診断されてほっとしたものの、看病のために予定していた仕事はすべてキャンセルせざるを得なかった。















九条様の担当日も、その中に含まれていた。












申し訳ない気持ちで会社に連絡を入れると、
会社から折り返しの電話が来た。

「九条様に伝えたら、『お大事に。お子さんが治るまで、いつでも変更で構いません』って。それと……これ、伝えていいのか分からないんだけど」














「なんですか?」











「『何か必要なものがあれば、遠慮なく』とも仰ってたわ。至れり尽くせりよね、本当に」










 



ただの依頼主のはずなのに、
どうしてここまで気にかけてくれるのだろう。
不思議に思いながらも、その日は素直にありがたく、看病に専念することにした。

















三日ほどで熱は下がり、
陽葵はいつもの元気を取り戻した。














すっかり良くなった頃、
久しぶりに九条様の部屋を訪れることになった。
















「ねえママ、あの優しいお客さんの家、今日行くの?」













「うん、そうだよ」















「私も行きたい!」

















「お仕事だから、陽葵は無理だよ」




















拗ねる陽葵をなだめていると、
ふと閃いたように駆け出し、クレヨンを持って戻ってきた。真剣な顔で、しばらく何かを描いている。できあがったのは、丸い顔と、棒のような手足を持つ人物が二人、手を繋いでいる絵だった。


















「これ、持ってって!心配してくれたお礼!」












「……お礼の絵?」













「うん!ママが元気になったよって、教えてあげて!」













「元気になったのは陽葵でしょーー!」









「きゃははは!!!」











微笑ましさと、少しの気恥ずかしさを覚えながら、
その絵をエプロンのポケットに忍ばせた。








***













その部屋に着き、掃除を終えたあと、
ふとポケットの絵の存在を思い出した。














迷った末、テーブルの上に、いつものメモと一緒にそっと置いてみることにした。
『娘が、ご心配いただいたお礼にと描いたので、置いていきます。お目汚しでしたら、すみませんが、次回に回収しますので、畳んで置いておいて下さい。』












数日後、次に部屋を訪れたとき、
テーブルの上には見慣れないものが増えていた。










小さな写真立て。











そこには、あの日の絵が丁寧に収められていた。
『娘さんに、ありがとうございますとお伝えください、とても大切に飾らせていただきますので、回収しないで下さいね』














胸の奥が、じんと熱くなった。
子どもの落書きのような絵を、わざわざ額に入れて飾る人がいるなんて。
















その日から、部屋を訪れるたび、
視線は自然とその写真立てに向かうようになった。











***











年が明けてしばらく経った頃、いつものメモとは別に、小さな包みが置かれていた。
開けてみると、上質なハンドクリームだった。













『いつも水仕事で、手が荒れているのではと思いまして。差し出がましくなければ受け取って下さい』














自分の手を、思わず見下ろした。
荒れた指先に、ひび割れた爪の生え際。















誰にも気づかれたことのない、生活の跡そのものだった。娘のことはよく話題にしていたけれど、自分自身のことなど、一言も伝えたことはなかった













――なのに、どうして。

















考えても、答えは出なかった。
ただ、誰かに、こんなふうに気づかれているという事実だけが、静かに胸の中に積もっていった。

















会ったこともないこの人のことを、
もっと知りたいと思ってしまう自分がいる。

















その気持ちに名前をつけることを、
まだ、どこかで拒んでいた。