土曜日の体育館。
試合前なのにギャラリーがざわついている。
俺がアップ中にシュートしただけなのに。
今日だってただの練習試合だ。
「あの人めっちゃかっこよくない?」
「大木先輩だよ」
また始まった。
聞こえないふりをして、黙々と体を動かす。
あの視線があまり好きじゃない。
落ち着かない。
「よ、今日も人気者」
ドリブルシュートを軽く決めた智樹が茶化してきた。
「勘弁してよ」
ボールを弾ませる。
「今日も多いねぇ」
智樹はぐるりと体育館を眺める。
「あ、来てるじゃん」
智樹の視線の先に早紀がいた。
そちらに目をやると早紀と目が合った。
早紀は嬉しそうに軽く手を挙げた。
俺も軽く手を上げる。
すると、彼女の前に女子生徒が集まって、姿が隠れた。
行き場をなくした左手で頭をかいた。
アップが終わり試合が始まる。
ふぅと息を吐いてセンターサークルに立った。
集中。
審判がボールを高く放り上げた。
思い切りジャンプしてボールを味方に弾くと、歓声が上がった。
一進一退の攻防をしながら試合は進む。
俺は歓声を浴びるほどのプレーなんてしていないのに、シュートを決めるたびに黄色い声が飛んだ。
そのたびに、居心地が悪くなった。
ボールだけを見た。
余計なことは考えない。
今は試合に集中する。
「歩!」
智樹の声が飛ぶ。
パスを受け、ゴール下に切り込む。
シューズがキュッと鳴った。
レイアップシュートがリングを抜けた。
同時に、試合終了の笛が鳴った。
「ありがとうございました!」
両チームで一礼すると、体育館に張りつめていた空気が少しだけゆるんだ。
タオルで汗を拭きながらお茶を流し込む。
ギャラリーにも、体育館の入口にも、こちらを見ている人がいた。
何気なく視線を向けると、それだけでざわつく。
静かな場所へ行きたかった。
片付けを済ませて体育館を出ると、早紀が待っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫。お疲れ」
「うん、疲れた」
俺ははぁと息を吐いた。
「今日もすごい人だったね」
「ああ……あれ、ちょっと苦手」
「人気者なのに?」
「人気者になりたいわけじゃないから」
早紀は少し笑った。
「でも、かっこよかったよ?」
「……そう?」
俺はこめかみを少しかいた。
ふと空を見上げる。
綺麗な夕焼けだった。
「県総体、応援に行くからね」
「ありがとう」
「歩のプレー、ちゃんと見ておきたいから」
「うん」
駅までの道をふたり並んで歩く。
遠くでカラスが鳴いていた。
高校総体県大会まであと2週間しかなかった。
負ければ、引退だ。
1日でも長くバスケットがしたいと思ってた。
だけど。
俺たちは負けた。
試合終了の笛は、あっけなかった。
毎日当たり前のように過ごしてきた体育館での時間が終わった。
ボールが弾む音も、バスケットシューズが鳴る音も、消えた。
明日から、受験生。
放課後は、図書室に残って勉強するようになった。
そこには同じように頑張る同級生たちがいたから、俺もやらなきゃという気持ちになれた。
ふと窓の外を見る。
どんよりしていた。
降るかもしれないな。
雨とアスファルトの混ざった匂いは、嫌いじゃない。
なぜかと言われても困るが、あえて言うなら空気が変わるからかもしれない。
閉館時間になり、図書室を出ると早紀が待っていた。
「教室で友達と勉強してた」
「そっか」
「いっしょに帰ろ」
「うん」
窓の外を見ると、雨が降り始めていた。
昇降口で靴を履き、リュックの中の折り畳み傘を探す。
「あれ」
入れたつもりだったんだけどな。
「どうしたの?」
「傘、忘れたかも」
すると早紀は、
「入ってく?」
と淡いピンク色の傘を広げた。
「助かる」
俺はそのピンクの傘を受け取った。
「俺の方が背が高いから」
早紀は嬉しそうだった。
体を寄せ合ってひとつの傘に入る。
どうしたって片側が濡れてしまう。
「ごめん、俺のせいで早紀まで濡れるね」
「ううん、平気」
傘を少し早紀の方へ傾ける。
「あ、大丈夫だよ。それだと歩、ほとんど入ってないじゃん」
そう言って早紀は傾けた傘の柄を真っ直ぐに直した。
「俺、こういうしとしと雨、嫌いじゃないんだよね」
「そうなんだ」
雨が地面と傘を弾く。
信号機の光が地面にゆらりと映っていた。
「今日ね、廊下歩いてたら1年の子が歩のことかっこいいって言ってるの、聞こえてきたよ」
「そうなんだ」
「……みんな歩のこと見るもんね」
早紀は少しうつむいた。
「私は釣り合ってないかもなぁ」
「なんで?」
「だって普通だもん」
「俺だって普通じゃん」
「え、歩、普通とか言わない方がいいよ。嫌味になっちゃうよ?」
「なんで?」
「歩はかっこいいもん」
「そうかな」
「そうだよ」
木の雫が不規則に傘に落ちてきた。
リズムがおもしろかった。
試合前なのにギャラリーがざわついている。
俺がアップ中にシュートしただけなのに。
今日だってただの練習試合だ。
「あの人めっちゃかっこよくない?」
「大木先輩だよ」
また始まった。
聞こえないふりをして、黙々と体を動かす。
あの視線があまり好きじゃない。
落ち着かない。
「よ、今日も人気者」
ドリブルシュートを軽く決めた智樹が茶化してきた。
「勘弁してよ」
ボールを弾ませる。
「今日も多いねぇ」
智樹はぐるりと体育館を眺める。
「あ、来てるじゃん」
智樹の視線の先に早紀がいた。
そちらに目をやると早紀と目が合った。
早紀は嬉しそうに軽く手を挙げた。
俺も軽く手を上げる。
すると、彼女の前に女子生徒が集まって、姿が隠れた。
行き場をなくした左手で頭をかいた。
アップが終わり試合が始まる。
ふぅと息を吐いてセンターサークルに立った。
集中。
審判がボールを高く放り上げた。
思い切りジャンプしてボールを味方に弾くと、歓声が上がった。
一進一退の攻防をしながら試合は進む。
俺は歓声を浴びるほどのプレーなんてしていないのに、シュートを決めるたびに黄色い声が飛んだ。
そのたびに、居心地が悪くなった。
ボールだけを見た。
余計なことは考えない。
今は試合に集中する。
「歩!」
智樹の声が飛ぶ。
パスを受け、ゴール下に切り込む。
シューズがキュッと鳴った。
レイアップシュートがリングを抜けた。
同時に、試合終了の笛が鳴った。
「ありがとうございました!」
両チームで一礼すると、体育館に張りつめていた空気が少しだけゆるんだ。
タオルで汗を拭きながらお茶を流し込む。
ギャラリーにも、体育館の入口にも、こちらを見ている人がいた。
何気なく視線を向けると、それだけでざわつく。
静かな場所へ行きたかった。
片付けを済ませて体育館を出ると、早紀が待っていた。
「ごめん、待った?」
「ううん、大丈夫。お疲れ」
「うん、疲れた」
俺ははぁと息を吐いた。
「今日もすごい人だったね」
「ああ……あれ、ちょっと苦手」
「人気者なのに?」
「人気者になりたいわけじゃないから」
早紀は少し笑った。
「でも、かっこよかったよ?」
「……そう?」
俺はこめかみを少しかいた。
ふと空を見上げる。
綺麗な夕焼けだった。
「県総体、応援に行くからね」
「ありがとう」
「歩のプレー、ちゃんと見ておきたいから」
「うん」
駅までの道をふたり並んで歩く。
遠くでカラスが鳴いていた。
高校総体県大会まであと2週間しかなかった。
負ければ、引退だ。
1日でも長くバスケットがしたいと思ってた。
だけど。
俺たちは負けた。
試合終了の笛は、あっけなかった。
毎日当たり前のように過ごしてきた体育館での時間が終わった。
ボールが弾む音も、バスケットシューズが鳴る音も、消えた。
明日から、受験生。
放課後は、図書室に残って勉強するようになった。
そこには同じように頑張る同級生たちがいたから、俺もやらなきゃという気持ちになれた。
ふと窓の外を見る。
どんよりしていた。
降るかもしれないな。
雨とアスファルトの混ざった匂いは、嫌いじゃない。
なぜかと言われても困るが、あえて言うなら空気が変わるからかもしれない。
閉館時間になり、図書室を出ると早紀が待っていた。
「教室で友達と勉強してた」
「そっか」
「いっしょに帰ろ」
「うん」
窓の外を見ると、雨が降り始めていた。
昇降口で靴を履き、リュックの中の折り畳み傘を探す。
「あれ」
入れたつもりだったんだけどな。
「どうしたの?」
「傘、忘れたかも」
すると早紀は、
「入ってく?」
と淡いピンク色の傘を広げた。
「助かる」
俺はそのピンクの傘を受け取った。
「俺の方が背が高いから」
早紀は嬉しそうだった。
体を寄せ合ってひとつの傘に入る。
どうしたって片側が濡れてしまう。
「ごめん、俺のせいで早紀まで濡れるね」
「ううん、平気」
傘を少し早紀の方へ傾ける。
「あ、大丈夫だよ。それだと歩、ほとんど入ってないじゃん」
そう言って早紀は傾けた傘の柄を真っ直ぐに直した。
「俺、こういうしとしと雨、嫌いじゃないんだよね」
「そうなんだ」
雨が地面と傘を弾く。
信号機の光が地面にゆらりと映っていた。
「今日ね、廊下歩いてたら1年の子が歩のことかっこいいって言ってるの、聞こえてきたよ」
「そうなんだ」
「……みんな歩のこと見るもんね」
早紀は少しうつむいた。
「私は釣り合ってないかもなぁ」
「なんで?」
「だって普通だもん」
「俺だって普通じゃん」
「え、歩、普通とか言わない方がいいよ。嫌味になっちゃうよ?」
「なんで?」
「歩はかっこいいもん」
「そうかな」
「そうだよ」
木の雫が不規則に傘に落ちてきた。
リズムがおもしろかった。



