この恋に終わりがあるなら

 保健室のドアを開くと、ブレザーの胸ポケットを反射的に握りしめていた。鼓動が耳の奥まで響いて、呼吸のリズムを狂わせる。

 息苦しいなんて言ったら、保健室の先生はどんな顔をするかな。

 ここに来た理由を聞かれても……きっと、うまく答えられない。

 それでも、今の私に居場所があるとすれば、保健室以外には無い。

「……失礼します。二年の——」

 言いかけた声が、静けさに吸い込まれて消えた。

 数センチだけ開いた換気窓から風が滑り込み、髪を攫う。

 指先でそっと前髪を整えながら一歩、また一歩と部屋の奥へ進んだ。

(……先生、いないんだ)

 小さく息を吐き、窓際の丸椅子に腰を下ろした。消毒液の匂いに満ちた保健室の静けさが、強張った心をゆっくりとほどいていく。

 窓の外を見ると、中庭を挟んだ向こう側に教室棟が見える。

 笑い声。椅子を引く音。始業を告げる鐘が響いて消えていく。

 まるで、世界からひとりだけ切り離されてしまったみたいだ。

 それでも、《あっち側》に戻りたいとは思えない。戻れば、好奇の視線に晒される。

「大丈夫?」

——なんて、気遣うような声をかけられるたびに、大丈夫じゃない自分を差し出さなければいけない気がしてしまう。

「はぁ……」

 無意識に息を吐き出し、震える手のひらにぎゅっと力を込めた。

 薄暗い昇降口に、上履きの底が床を擦る音だけが、やけに大きく響く。無造作に突っ込んだのか、ハルのスニーカーは床に片方だけひっくり返って落ちていた。

「いつも迷惑かけてごめんね」

誰にも聞こえない小さな声でそう呟いて靴を揃えると、校門へ向かって駆け出した。