夏休みは、目だったことは起こらなかった。
教室整理など、仲良しグループ同士で話をしてどんどん進めていたので、こちらは気を利かせてわざわざ入り込むようなことはしなかった。一回、物を取りに教材倉庫行った時に、向かいの教室を片付けている仲良しグループに出くわしたが、空気を読んですぐに職員室に戻るようにした。
8月30日の校内研修会中間発表は、生理休暇で1日休んだ。
朝、連絡を入れたら副校長が電話に出て、用件を伝えると一瞬沈黙され、「腹痛ということですね」と念をおされた。
9月3日(金)、水泳指導で、自分の水着を水泳バッグに入れて、他の教材等と一緒にN学園に運んだ。タクシーのトランクに入れず、自分でかかえて乗車(もちろん、自衛策で)。
N学園の職員室で連絡帳等を置き、担当の仕事をして、すぐに授業の準備をするために一足先に教室に向かった。その際、職員室の電話のわきに水泳バッグを置き忘れた。
授業の準備をし、生徒が登校する段になって、水泳バッグを職員室に忘れたことを思い出した。生徒が落ち着いているのを見計らい、大急ぎで職員室に取りに行った。
水泳指導が終わり、N学園の教材倉庫の、生徒の水泳バッグのそばに自分のバッグを置いた。生徒下校後、他の人は先に職員室に行き、私は授業の後片付けをして一番最後に教室を出た。出る前に教材倉庫をのぞくと、生徒の水泳バッグはきれいに消えていて、私のものだけが残されていた。
9月7日(火) 先週から男子生徒の状態が全体的にあまりよくない。アキオくんがパニックを繰り返し、てんてこ舞いの一日だった。休み時間に床に寝ているハルオくんの相手をしている(他生徒に踏まれないよう安全確保を兼ねて)と、隣に座っていたマユミさんがだしぬけに泣き出した。小西tがすぐに「相手してくれなかったから寂しかったのね~」と言ってなぐさめていたが、自分には「あてつけ」に聞こえたのが正直なところ。まあ、マユミさんの相手をしている間に寝ているハルオくんの顔を踏まれたりするよりはずっとマシだから、聞き流す。マユミさんはすぐに気持ちを切り替え、遊びに入ることができた。
先週のプール授業のあと、メインの大村tと仲良しグループが洗濯機に生徒の水着類を入れて回した。私は自分の水着とナツオくんのシャツ(先週洗い忘れていたもの)を別の洗濯機に入れて回そうとしたら、洗濯機が全部ふさがっていた。高等部の新任tもちょうどクラスの洗濯物をもってきていたのであずかり、洗濯の終了した洗濯機の洗濯物を取り出し、高等部と自分のとをいっしょに回した。
7日になって、キヌエさんの水着の胸パットが片方なくなっていると大村tが仲良しグループ相手に騒ぎ?出した。いわく「先週出遅れたから誰かが洗濯物を外に出したあとだった」と暗に私が「犯人」と言いたげな口ぶりだったので無視する。
7日の訪問授業で作った舞台発表用の大きな絵(絵の具使用)を、N学園の体育館の床に移して乾燥させた。生徒下校後、仲良しグループは食堂の片付けに行ったので、私は体育館の片付けに向かった(食堂の掃除道具が少ないので、大勢で行っても仕方がない)。
乾燥している絵は重ねて別に置き、乾燥していないものを先に中学部の教室に移した。おおかた移し終え、私が中学部の教室から出て残りを移そうと体育館に行こうとしたら、仲良しグループが体育館の扉から中をのぞいて、絵がないと騒いで?いた。
「誰かがもって行ったんじゃない?」という大村tの言葉が聞こえてきて、体育館には学校のものを置きっぱなしにすることはできないというルールがあるので、移した先が教室であることぐらいわかるだろうと思い、あとは仲良しグループに任せて、私は学校に持ち帰る荷物を持ってN学園の職員室に引き上げた。
昨年までだったら、水着にしろ絵にしろ、出してくれたり片付けてくれたりしたら、お互いに「ありがとう」等ねぎらいの言葉を掛け合うのが普通だったが、今年は聞こえよがしに「誰かが…」とか、「余計な手出しをしないで」と言わんばかりのあてこすりを言われるのが常になっている。
あまりにアホらしいので、「誰かが…」発言は今後も無視し、粛々とやるべき仕事を進めるようにしていきたい。
7日はアキオくんの状態がよくないと学園から連絡を受けた?副校長が2時間目の授業から帰りのHR、そして食堂清掃のところまで見に来ていた。うざい!
9月8日(水)昔治療した歯が未明から痛み出し、1日年休、歯科通院。太田主幹にはこの間心配をしていただいているので、歯科通院で休む件をメールする。
9日(木)副校長、昼休みの時間帯から作業学習、自立活動(私の担当)を見に来る。
自立活動の「リラックス」で、副校長は和室の押入れの上段にあがろうとした生徒を「危険」ということで上がらせなかった(今まで、校内宿泊等で押入れに入って児童生徒が遊ぶことがあったと記憶しているが、危険であるという話は出なかった)。
大人の私が上段に上がっても、さほど危険は感じなかったので、大丈夫と踏んでいたが、副校長の考えは違うようだった。
次回の授業からは上がらせない方向で授業をするつもりでいる。
9月10日(金)水曜日に、自分が年休をとった日の分のマユミさんの連絡帳は、だれも書いていなかった。N学園との連絡帳、保健室の先生の話(身体測定)、「仲良しグループ」の雑談でだいたいのようすがわかったので、こちらで記入する。
7月ごろから太田主幹と「仲良しグループ」との間が微妙になり始めている。今日は太田主幹が応援でN学園の訪問授業に入ったが、大村tの水泳の指導案を持ってこなかった。日付が以前のものになっていたので、今日の指導案だと思わなかったと言っていた。指導案はコピーをして事なきを得たようだったが、大村tとしては釈然としない部分があったのではないかと推測される。
1時間目の作業は私の担当の授業だったが、ハルオがいつもと違う席に座っていたので「あれ?」と言うと、大村tは得意げに「指導案どおりです」とのたまう。指導案でそんなこと書いたっけ…と思い、あとで見直すと、指導案の座席表が以前のデータのままになっていて、訂正をし忘れていたことに気づいた。授業はハルオの席が違うことで支障の出る内容ではないので、淡々と進めた。
9月15日(木)*知人へのメール
私の方ですが、夏休み以来、しばらくあまりエグイことはなかったのですが……今日、プール+給食のあと生徒を教室に連れていき、生徒たちが好きな遊びに没頭するなどしてまったりした雰囲気になったところで…頭がぼーっとしてきたので机に座って頭を抱える体勢でいたところ、不意にあら捜しの大好きな副校長が教室に入ってきて、生徒がいるのに寝ちゃうのはまずいだの身体の調子が悪いなら年休取って休めだのほざきました。真面目にプールで生徒と付き合ったら疲れてぼーっとすることがあるのは当たり前だし、鬼の首取ったみたいに、ホンマムカつきます。
生徒の前なので言い返す等はせず、適当にシカトしましたが。
追加:15日の昼休み、副校長が教室にいた他の教員と、原因不明の大パニックが激増しているアキオくんの「問題行動」についてあれこれ話しているうちに、教室に居合わせたアキオくんが突然キレて?机を蹴飛ばす、暴れるなどのパニックを起こした。副校長はアキオくんがいる中でアキオくんの一番弱点に当たることを話題にしてしまったことに気づいて、アキオくんに謝っていた。誰でも失敗はあるもので、あげつらっていてはきりがないし、不毛だと私は思うのだが、副校長は自分のミスは無視して、人のそれは鬼の首をとったように大喜びする、実に困ったものだ。
9月22日(水) マユミさんの「パニック」~ビデオ事件~
下校前(下校時間2時25分)に、マユミさんが教室と廊下を隔てた向こう側の教材倉庫に入り、お気に入りのビデオ(以前、偶然に倉庫の中にそれが入っているのを目撃して覚えていた)を出して見たいと言い始めた。教材倉庫の扉を指差し「ビデオ!ビデオ!」と大声で叫び、帰ろうと誘うと大泣きしてねそべってしまった。160センチ75キロ以上ある体格で、ひきずったり担いだりするのはほぼ不可能。マユミさんには、教材倉庫は生徒の入るところではない、自分の力で気持ちを切り替えるように、と厳しく伝えた。以前、散歩に出たがらず大泣きしたときに、しばらく見守っていたら自分で気持ちを立て直して散歩に参加できたことがあったので、今回もできるだろうと思い、時折声をかけながら本人の気持ちの切り替えを待った。教材倉庫に入りたい、下校時にビデオを見て遊びたい、というマユミさんの要求は受け入れるわけにはいかないので静かに見守り、切り替えを促すように時々言葉をかけていた。私としてはここが勝負どころだと思い、マユミさんのこと以外を考える余裕はなかった。この日は私が下校の添乗当番だったが、それを省みる余裕はまったくなかった。
マユミさんはなかなか動こうとせず、時間だけがどんどん過ぎた。太田主幹と副校長が来てしばらく様子を見て、切り替えがうまくいかないと判断し、N学園への下校便は先に行ってもらうことにした。下校便は30分遅れとなってしまい、N学園の予定(近くの商店へのお出かけ)がなくなるなどの影響を及ぼす結果となった。マユミさんはタクシーで4時ごろ下校した。30分も待たされた児童・生徒たちは落ち着かずパニック寸前で、添乗した3名の教員は(うち1名は私のかわり)たいへんだったと後から聞いた。
(マユミさんは翌日(休日)もN学園で突然泣き出す(原因不明)など、やや不安定であった。その翌日生理が始まり、下校時のトラブルも、生理前の不安定さと関連しているのではと思えた)
太田主幹より、今後、パニック等で乗れない生徒が出た場合、5分だけ待ち、それ以上時間がかかるような場合は、主幹・副校長の判断を仰ぐように、との話があった。
翌々日の朝の打ち合わせの中で、水曜日の下校便添乗だった吉田tから、水曜日は長時間バスの中で待たされて生徒たちがたいへんだった、事情がわからないので説明してほしいと突然詰問調で言われた。私は間違ったことをしたとは認識していないので、事実だけを淡々と説明した。たいへんだったことは十分理解できるが、吉田tにしても、自分の担当する生徒が同じ状態になるかもしれない可能性がまったくないとはいえないのに、あたかも私を悪者扱いするような言い方にはモラハラを感じた。それだけではなく、来週の水曜日(参観日)の添乗担当が決まっていないことについて、自分が22日に急遽添乗することになったので、貴女にやってほしい、と、あたかも22日のビデオ事件の「罪滅ぼし」を要求するような感じで求めてきた。こういう人とまともに争うことほど不毛なことはないと判断し、私は二つ返事で29日の添乗メンバーに入ることになった。
生徒の「不祥事」=100パーセント担当の責任、ではないし、まして、生徒に関わる大人は担当教員だけではない(全体で見ていく)のだから、このような言われ方をすることは非常に心外だと感じた。ただ、今の訪問学級は、「独立採算制」方式でやりたい(指導の全権限をケース担がもつ/それ以外の人は余計な口出しをしない→実際、「仲良しグループ」のケース児童・生徒に「手出し」「声かけ」をすると「いいです」「ほっといてください」ときつく言われることが再三あった)という意向を強く持つ人(仲良しグループ)が多いのが現状。
数日後、急遽マユミさんをN学園にタクシーで送った旅行命令簿(タイムスで作成・送信)について、「送信されていない」と経営企画室の上森さんからのメモが机上に置かれていた。事後の場合どのように命令簿を作成・送信すればよいかわからなかったので、経営企画室室長に指示を仰いだ。いわく「とりあえず、いつもやっているように作成して送信して下さい」ということだったので、当日(22日)のうちにそのとおりに行った。ということで、説明しようと企画室に出向いたところ、上森さんがいらっしゃらなかったので、仕方なくそのメモに「当日のうちに送信しました」とメモ書きを加えて置いておいた。
10月5日(火)、副校長が「やっぱり送信されていない。いっしょにマユミさんに付き添った太田主幹の分は送信されているのに(この部分を繰り返す)」と言ってきた。送信の仕方がやはり室長の説明とは実は違ったようで、この日、副校長の指示通りに再送信を行なった。私は副校長に前日の自己申告でひどいパワハラ発言を受けていたので、副校長が近寄ってくるだけで気持ち悪くなったが、なんとか耐えながらPCを操作し、無事に再送信は成功した。
24日(金)、転校生のイチローの給食の件
給食時に牛乳を飲む生徒、禁じられている生徒、飲まない生徒がいるので、転校したてのイチローについては、飲む飲まないに関わらず、とりあえず牛乳を準備しておくようにしている(転校時の資料には乳アレルギーに関する記載はなかった)。牛乳とお茶は生徒がセルフで取るように一箇所に準備しているのだが、イチローはまだルールがよく理解し切れていない上に、動作が止まりがちなので、様子を見ている段階。
生徒がそれぞれのお茶と牛乳を取り、牛乳が1つだけ残ったので「誰の?」という声があがったので、私はイチローが牛乳をとっていないと思い、牛乳を持ってイチローの席に持ってきた。イチローが席の前で立っていたので「牛乳飲む?」と聞いたら、小西tが勝ち誇ったように?「イチローくんは今、席に座ろうとしているところで、座ることと牛乳を飲むかどうか考えること二つをいっぺんにはできないんです」と嫌味たっぷりにあてこすりを言ってきた。こういう人に指導されるイチローが気の毒だと感じざるを得なかった。
27日(日)*F園授業参観日
授業参観が終わり、午後の時間に文化祭の担当の大村tが、文化祭の衣装作りを始めるので学部の教員に声をかけていた。「仲良しグループ」でやるのかな、と思っていたら、「先生も来てください」と声をかけてきたので、教室に向かった。
向こうから声をかけてきたのだから、当然やってほしい仕事は向こうから振ってくるはず(こちらからわざわざ「お伺い」を立てる必要はない)、と思ったが、大村tから何も言ってこないので、衣装作りが佳境に入っていて私になにかを言う余裕がないのかと思い、とりあえず外に出ている生徒の体操服類を片付けたり等していた。しばらくたっても大村tからは一向にこちらに何かをしてほしい、と言ってくるようなことはなかった。呼びつけておいて何なんだ?といぶかしく思ったが、目に付いたところを整理したり片付けたり、主事室にゴミ袋をもらいにいったり、気がついた部分から着手していった。片付け物が一通り終わり、最後に教室のゴミ箱にいっぱいになっていたゴミを袋に移し、ゴミ集積場に持っていき、一足先に切り上げさせてもらった。大村tからは仕事の話は一言もなかった。ずいぶん変わった人だな、というのが正直な感想。
ものづくり系の仕事は、勝手に手を出したりするとかえって混乱をまねくことがままあるので、一切手出しはせず、教室の環境を整えることにこちらは専念した次第。
9月30日(木)に近くのスーパーへの買い物学習を行うため、私は私費会計の担当なので、経営企画室の私費担当の村上さんのところに買い物学習用のお金を取りに行った。翌10月1日に精算を行い、その際、各生徒の買い物学習用の財布にそれぞれの生徒のレシートとつり銭を入れて村上さんに渡した。その際、買い物の内容が一人ひとり違うので、村上さんが確認しやすいようにそれぞれの生徒の財布にそれぞれのレシートとつり銭を入れたという説明を行った。レシートの裏面には、混乱を防ぐため、各生徒の名前をメモした。翌週4日に出勤し机上を見ると生徒の財布が置かれていて、「こういうことは今後もうお受けできません」というメモが添えられていた。
こちらが、村上さんの仕事がやりやすいようにと考えて行い、説明までしたことについて、どうしてこのような悪意に満ちた返し方をされるのか、あまりにも心外であった。村上さんにはもう一度、1日に説明をしたことをはっきり伝え、再度説明を繰り返した。村上さんいわく「口座は個人別ではなく学部別なので、現金はひとつにまとめてほしい」ということだった。それならば、1日の時点でそういう話をしてくれればこちらも村上さんの意向に沿うことについて異論はないのに、自分の説明不足を、こちらを「悪者」に仕立て上げるようなやり方で返されたことに対して、私は「このような返し方は、悲しいし寂しい思いです」と言った。村上さんは「言い方が悪かった」とは言ったものの、私の真意を理解してくれたかどうかは不明。
教室整理など、仲良しグループ同士で話をしてどんどん進めていたので、こちらは気を利かせてわざわざ入り込むようなことはしなかった。一回、物を取りに教材倉庫行った時に、向かいの教室を片付けている仲良しグループに出くわしたが、空気を読んですぐに職員室に戻るようにした。
8月30日の校内研修会中間発表は、生理休暇で1日休んだ。
朝、連絡を入れたら副校長が電話に出て、用件を伝えると一瞬沈黙され、「腹痛ということですね」と念をおされた。
9月3日(金)、水泳指導で、自分の水着を水泳バッグに入れて、他の教材等と一緒にN学園に運んだ。タクシーのトランクに入れず、自分でかかえて乗車(もちろん、自衛策で)。
N学園の職員室で連絡帳等を置き、担当の仕事をして、すぐに授業の準備をするために一足先に教室に向かった。その際、職員室の電話のわきに水泳バッグを置き忘れた。
授業の準備をし、生徒が登校する段になって、水泳バッグを職員室に忘れたことを思い出した。生徒が落ち着いているのを見計らい、大急ぎで職員室に取りに行った。
水泳指導が終わり、N学園の教材倉庫の、生徒の水泳バッグのそばに自分のバッグを置いた。生徒下校後、他の人は先に職員室に行き、私は授業の後片付けをして一番最後に教室を出た。出る前に教材倉庫をのぞくと、生徒の水泳バッグはきれいに消えていて、私のものだけが残されていた。
9月7日(火) 先週から男子生徒の状態が全体的にあまりよくない。アキオくんがパニックを繰り返し、てんてこ舞いの一日だった。休み時間に床に寝ているハルオくんの相手をしている(他生徒に踏まれないよう安全確保を兼ねて)と、隣に座っていたマユミさんがだしぬけに泣き出した。小西tがすぐに「相手してくれなかったから寂しかったのね~」と言ってなぐさめていたが、自分には「あてつけ」に聞こえたのが正直なところ。まあ、マユミさんの相手をしている間に寝ているハルオくんの顔を踏まれたりするよりはずっとマシだから、聞き流す。マユミさんはすぐに気持ちを切り替え、遊びに入ることができた。
先週のプール授業のあと、メインの大村tと仲良しグループが洗濯機に生徒の水着類を入れて回した。私は自分の水着とナツオくんのシャツ(先週洗い忘れていたもの)を別の洗濯機に入れて回そうとしたら、洗濯機が全部ふさがっていた。高等部の新任tもちょうどクラスの洗濯物をもってきていたのであずかり、洗濯の終了した洗濯機の洗濯物を取り出し、高等部と自分のとをいっしょに回した。
7日になって、キヌエさんの水着の胸パットが片方なくなっていると大村tが仲良しグループ相手に騒ぎ?出した。いわく「先週出遅れたから誰かが洗濯物を外に出したあとだった」と暗に私が「犯人」と言いたげな口ぶりだったので無視する。
7日の訪問授業で作った舞台発表用の大きな絵(絵の具使用)を、N学園の体育館の床に移して乾燥させた。生徒下校後、仲良しグループは食堂の片付けに行ったので、私は体育館の片付けに向かった(食堂の掃除道具が少ないので、大勢で行っても仕方がない)。
乾燥している絵は重ねて別に置き、乾燥していないものを先に中学部の教室に移した。おおかた移し終え、私が中学部の教室から出て残りを移そうと体育館に行こうとしたら、仲良しグループが体育館の扉から中をのぞいて、絵がないと騒いで?いた。
「誰かがもって行ったんじゃない?」という大村tの言葉が聞こえてきて、体育館には学校のものを置きっぱなしにすることはできないというルールがあるので、移した先が教室であることぐらいわかるだろうと思い、あとは仲良しグループに任せて、私は学校に持ち帰る荷物を持ってN学園の職員室に引き上げた。
昨年までだったら、水着にしろ絵にしろ、出してくれたり片付けてくれたりしたら、お互いに「ありがとう」等ねぎらいの言葉を掛け合うのが普通だったが、今年は聞こえよがしに「誰かが…」とか、「余計な手出しをしないで」と言わんばかりのあてこすりを言われるのが常になっている。
あまりにアホらしいので、「誰かが…」発言は今後も無視し、粛々とやるべき仕事を進めるようにしていきたい。
7日はアキオくんの状態がよくないと学園から連絡を受けた?副校長が2時間目の授業から帰りのHR、そして食堂清掃のところまで見に来ていた。うざい!
9月8日(水)昔治療した歯が未明から痛み出し、1日年休、歯科通院。太田主幹にはこの間心配をしていただいているので、歯科通院で休む件をメールする。
9日(木)副校長、昼休みの時間帯から作業学習、自立活動(私の担当)を見に来る。
自立活動の「リラックス」で、副校長は和室の押入れの上段にあがろうとした生徒を「危険」ということで上がらせなかった(今まで、校内宿泊等で押入れに入って児童生徒が遊ぶことがあったと記憶しているが、危険であるという話は出なかった)。
大人の私が上段に上がっても、さほど危険は感じなかったので、大丈夫と踏んでいたが、副校長の考えは違うようだった。
次回の授業からは上がらせない方向で授業をするつもりでいる。
9月10日(金)水曜日に、自分が年休をとった日の分のマユミさんの連絡帳は、だれも書いていなかった。N学園との連絡帳、保健室の先生の話(身体測定)、「仲良しグループ」の雑談でだいたいのようすがわかったので、こちらで記入する。
7月ごろから太田主幹と「仲良しグループ」との間が微妙になり始めている。今日は太田主幹が応援でN学園の訪問授業に入ったが、大村tの水泳の指導案を持ってこなかった。日付が以前のものになっていたので、今日の指導案だと思わなかったと言っていた。指導案はコピーをして事なきを得たようだったが、大村tとしては釈然としない部分があったのではないかと推測される。
1時間目の作業は私の担当の授業だったが、ハルオがいつもと違う席に座っていたので「あれ?」と言うと、大村tは得意げに「指導案どおりです」とのたまう。指導案でそんなこと書いたっけ…と思い、あとで見直すと、指導案の座席表が以前のデータのままになっていて、訂正をし忘れていたことに気づいた。授業はハルオの席が違うことで支障の出る内容ではないので、淡々と進めた。
9月15日(木)*知人へのメール
私の方ですが、夏休み以来、しばらくあまりエグイことはなかったのですが……今日、プール+給食のあと生徒を教室に連れていき、生徒たちが好きな遊びに没頭するなどしてまったりした雰囲気になったところで…頭がぼーっとしてきたので机に座って頭を抱える体勢でいたところ、不意にあら捜しの大好きな副校長が教室に入ってきて、生徒がいるのに寝ちゃうのはまずいだの身体の調子が悪いなら年休取って休めだのほざきました。真面目にプールで生徒と付き合ったら疲れてぼーっとすることがあるのは当たり前だし、鬼の首取ったみたいに、ホンマムカつきます。
生徒の前なので言い返す等はせず、適当にシカトしましたが。
追加:15日の昼休み、副校長が教室にいた他の教員と、原因不明の大パニックが激増しているアキオくんの「問題行動」についてあれこれ話しているうちに、教室に居合わせたアキオくんが突然キレて?机を蹴飛ばす、暴れるなどのパニックを起こした。副校長はアキオくんがいる中でアキオくんの一番弱点に当たることを話題にしてしまったことに気づいて、アキオくんに謝っていた。誰でも失敗はあるもので、あげつらっていてはきりがないし、不毛だと私は思うのだが、副校長は自分のミスは無視して、人のそれは鬼の首をとったように大喜びする、実に困ったものだ。
9月22日(水) マユミさんの「パニック」~ビデオ事件~
下校前(下校時間2時25分)に、マユミさんが教室と廊下を隔てた向こう側の教材倉庫に入り、お気に入りのビデオ(以前、偶然に倉庫の中にそれが入っているのを目撃して覚えていた)を出して見たいと言い始めた。教材倉庫の扉を指差し「ビデオ!ビデオ!」と大声で叫び、帰ろうと誘うと大泣きしてねそべってしまった。160センチ75キロ以上ある体格で、ひきずったり担いだりするのはほぼ不可能。マユミさんには、教材倉庫は生徒の入るところではない、自分の力で気持ちを切り替えるように、と厳しく伝えた。以前、散歩に出たがらず大泣きしたときに、しばらく見守っていたら自分で気持ちを立て直して散歩に参加できたことがあったので、今回もできるだろうと思い、時折声をかけながら本人の気持ちの切り替えを待った。教材倉庫に入りたい、下校時にビデオを見て遊びたい、というマユミさんの要求は受け入れるわけにはいかないので静かに見守り、切り替えを促すように時々言葉をかけていた。私としてはここが勝負どころだと思い、マユミさんのこと以外を考える余裕はなかった。この日は私が下校の添乗当番だったが、それを省みる余裕はまったくなかった。
マユミさんはなかなか動こうとせず、時間だけがどんどん過ぎた。太田主幹と副校長が来てしばらく様子を見て、切り替えがうまくいかないと判断し、N学園への下校便は先に行ってもらうことにした。下校便は30分遅れとなってしまい、N学園の予定(近くの商店へのお出かけ)がなくなるなどの影響を及ぼす結果となった。マユミさんはタクシーで4時ごろ下校した。30分も待たされた児童・生徒たちは落ち着かずパニック寸前で、添乗した3名の教員は(うち1名は私のかわり)たいへんだったと後から聞いた。
(マユミさんは翌日(休日)もN学園で突然泣き出す(原因不明)など、やや不安定であった。その翌日生理が始まり、下校時のトラブルも、生理前の不安定さと関連しているのではと思えた)
太田主幹より、今後、パニック等で乗れない生徒が出た場合、5分だけ待ち、それ以上時間がかかるような場合は、主幹・副校長の判断を仰ぐように、との話があった。
翌々日の朝の打ち合わせの中で、水曜日の下校便添乗だった吉田tから、水曜日は長時間バスの中で待たされて生徒たちがたいへんだった、事情がわからないので説明してほしいと突然詰問調で言われた。私は間違ったことをしたとは認識していないので、事実だけを淡々と説明した。たいへんだったことは十分理解できるが、吉田tにしても、自分の担当する生徒が同じ状態になるかもしれない可能性がまったくないとはいえないのに、あたかも私を悪者扱いするような言い方にはモラハラを感じた。それだけではなく、来週の水曜日(参観日)の添乗担当が決まっていないことについて、自分が22日に急遽添乗することになったので、貴女にやってほしい、と、あたかも22日のビデオ事件の「罪滅ぼし」を要求するような感じで求めてきた。こういう人とまともに争うことほど不毛なことはないと判断し、私は二つ返事で29日の添乗メンバーに入ることになった。
生徒の「不祥事」=100パーセント担当の責任、ではないし、まして、生徒に関わる大人は担当教員だけではない(全体で見ていく)のだから、このような言われ方をすることは非常に心外だと感じた。ただ、今の訪問学級は、「独立採算制」方式でやりたい(指導の全権限をケース担がもつ/それ以外の人は余計な口出しをしない→実際、「仲良しグループ」のケース児童・生徒に「手出し」「声かけ」をすると「いいです」「ほっといてください」ときつく言われることが再三あった)という意向を強く持つ人(仲良しグループ)が多いのが現状。
数日後、急遽マユミさんをN学園にタクシーで送った旅行命令簿(タイムスで作成・送信)について、「送信されていない」と経営企画室の上森さんからのメモが机上に置かれていた。事後の場合どのように命令簿を作成・送信すればよいかわからなかったので、経営企画室室長に指示を仰いだ。いわく「とりあえず、いつもやっているように作成して送信して下さい」ということだったので、当日(22日)のうちにそのとおりに行った。ということで、説明しようと企画室に出向いたところ、上森さんがいらっしゃらなかったので、仕方なくそのメモに「当日のうちに送信しました」とメモ書きを加えて置いておいた。
10月5日(火)、副校長が「やっぱり送信されていない。いっしょにマユミさんに付き添った太田主幹の分は送信されているのに(この部分を繰り返す)」と言ってきた。送信の仕方がやはり室長の説明とは実は違ったようで、この日、副校長の指示通りに再送信を行なった。私は副校長に前日の自己申告でひどいパワハラ発言を受けていたので、副校長が近寄ってくるだけで気持ち悪くなったが、なんとか耐えながらPCを操作し、無事に再送信は成功した。
24日(金)、転校生のイチローの給食の件
給食時に牛乳を飲む生徒、禁じられている生徒、飲まない生徒がいるので、転校したてのイチローについては、飲む飲まないに関わらず、とりあえず牛乳を準備しておくようにしている(転校時の資料には乳アレルギーに関する記載はなかった)。牛乳とお茶は生徒がセルフで取るように一箇所に準備しているのだが、イチローはまだルールがよく理解し切れていない上に、動作が止まりがちなので、様子を見ている段階。
生徒がそれぞれのお茶と牛乳を取り、牛乳が1つだけ残ったので「誰の?」という声があがったので、私はイチローが牛乳をとっていないと思い、牛乳を持ってイチローの席に持ってきた。イチローが席の前で立っていたので「牛乳飲む?」と聞いたら、小西tが勝ち誇ったように?「イチローくんは今、席に座ろうとしているところで、座ることと牛乳を飲むかどうか考えること二つをいっぺんにはできないんです」と嫌味たっぷりにあてこすりを言ってきた。こういう人に指導されるイチローが気の毒だと感じざるを得なかった。
27日(日)*F園授業参観日
授業参観が終わり、午後の時間に文化祭の担当の大村tが、文化祭の衣装作りを始めるので学部の教員に声をかけていた。「仲良しグループ」でやるのかな、と思っていたら、「先生も来てください」と声をかけてきたので、教室に向かった。
向こうから声をかけてきたのだから、当然やってほしい仕事は向こうから振ってくるはず(こちらからわざわざ「お伺い」を立てる必要はない)、と思ったが、大村tから何も言ってこないので、衣装作りが佳境に入っていて私になにかを言う余裕がないのかと思い、とりあえず外に出ている生徒の体操服類を片付けたり等していた。しばらくたっても大村tからは一向にこちらに何かをしてほしい、と言ってくるようなことはなかった。呼びつけておいて何なんだ?といぶかしく思ったが、目に付いたところを整理したり片付けたり、主事室にゴミ袋をもらいにいったり、気がついた部分から着手していった。片付け物が一通り終わり、最後に教室のゴミ箱にいっぱいになっていたゴミを袋に移し、ゴミ集積場に持っていき、一足先に切り上げさせてもらった。大村tからは仕事の話は一言もなかった。ずいぶん変わった人だな、というのが正直な感想。
ものづくり系の仕事は、勝手に手を出したりするとかえって混乱をまねくことがままあるので、一切手出しはせず、教室の環境を整えることにこちらは専念した次第。
9月30日(木)に近くのスーパーへの買い物学習を行うため、私は私費会計の担当なので、経営企画室の私費担当の村上さんのところに買い物学習用のお金を取りに行った。翌10月1日に精算を行い、その際、各生徒の買い物学習用の財布にそれぞれの生徒のレシートとつり銭を入れて村上さんに渡した。その際、買い物の内容が一人ひとり違うので、村上さんが確認しやすいようにそれぞれの生徒の財布にそれぞれのレシートとつり銭を入れたという説明を行った。レシートの裏面には、混乱を防ぐため、各生徒の名前をメモした。翌週4日に出勤し机上を見ると生徒の財布が置かれていて、「こういうことは今後もうお受けできません」というメモが添えられていた。
こちらが、村上さんの仕事がやりやすいようにと考えて行い、説明までしたことについて、どうしてこのような悪意に満ちた返し方をされるのか、あまりにも心外であった。村上さんにはもう一度、1日に説明をしたことをはっきり伝え、再度説明を繰り返した。村上さんいわく「口座は個人別ではなく学部別なので、現金はひとつにまとめてほしい」ということだった。それならば、1日の時点でそういう話をしてくれればこちらも村上さんの意向に沿うことについて異論はないのに、自分の説明不足を、こちらを「悪者」に仕立て上げるようなやり方で返されたことに対して、私は「このような返し方は、悲しいし寂しい思いです」と言った。村上さんは「言い方が悪かった」とは言ったものの、私の真意を理解してくれたかどうかは不明。
