都立特別支援学校で起きたハラスメントの記録(リライト版)

2011年4月より新体制となり、私はそれまでの訪問学級中学部から、訪問学級小学部に配置換えとなった。
小学部の担当教員は吉田t、男性tと私の3人になった。児童はタイヨウくん、ダイチくん、アロンくん(フィリピンルーツ)の3人。いずれも重度の知的障害と自閉傾向のある児童。

1.9月上旬
   8月末の職場昼食会の会計報告の回覧が私のところに回ってきた。中学部に回すときに、昼食会に参加しなかった○さんのところに私が回覧を回したところ、高圧的な口調で「○さんは昼食会に出ていないから」といって回覧板を私の手から奪った。私がなぜ昼食会に出なかった○さんに回そうとしたかというと、○さんが諸事情で他の中学部教員とぎくしゃくしていることがあり、○さんだけ回覧を飛ばすということは○さんの気持ちを考えるとけっして愉快ではないだろう、と判断したからだ。
 私がなんの考えもなしに機械的に回覧を○さんに回したと一方的に決め付けたことに対して、私は吉田教諭に「人を馬鹿にするのもいい加減にして下さい」と申し入れた。それまでにも、私が言ったことを高圧的な口調で押さえ込むように否定することが何度もあったので、不本意ながらこのように言わざるを得なかった。

2.10月初旬
  タイヨウくんがお腹の調子がよくないので、給食は消化の悪いものを除去してほしい、という寮からの引継ぎを、私だけが聞かされていなかった。その日の給食準備の当番は私で、タイヨウくんの件は吉田教諭と主任だけが知っている状態で、私は全く知らされないままだった(主任は出張で給食前に学校を出た)。
 私は普段どおり給食の準備をした。
 吉田教諭はタイヨウくんの給食を見て「タイヨウくんはお腹をこわしているから、消化の悪いものをはずさないといけないのに」と言ったので「私はタイヨウくんのことは全く聞かされていない。聞いていないものはできない。こういうことはやめてほしい」と申し入れた。吉田教諭は自分の卑怯な行為を棚に上げて「子どもの前だからそういう話はよして」と言った。私は「子どもの前だからこそ言うのです。私がタイヨウくんのことを何も考えていない、とタイヨウくんに誤解されるのは辛すぎます」と言った。
 
3.10月下旬
  文化祭で展示する写真を選ぶことになり、共有フォルダを開いた。
  私の授業(音楽)の写真はほんの数枚しかない一方で、同じ曜日の主任の図工は、数十枚も写真があった。目に見える形で差をつけるという手の込んだやり口に、私は呆然とした。
 吉田教諭は、日本人の子どもたちに隣人である在日の子どものつながる文化、隣国であるアジアの文化を知る機会を保障する多文化共生に対して否定的な考え方を持っているのは以前から知っていたが。
 私は「多文化共生がそんなにお嫌だったんですね、写真取りたくなかったんですね。よくわかりました」と申し上げた。吉田教諭は管理職に私の悪口を言いたい放題ぶちまけた様子。

4.1月18日(水)
  JEF交流で、私の担当する音楽の授業が余裕の無い時間帯に入らざるを得ない状況だったうえに、グラウンドでダイチくんが座り込んでしまった。教室に戻そうとして高等部の教員に応援を頼んだが、動かすことが出来なかった。時間だけがどんどんたつ状況。ダイチくんのケース担当の主任tが来てくださったので、私は走って教室まで戻り、急いで音楽の授業の準備をした。重いビデオを教室に入れるのに、力を入れなければならない上に、前方の視野をふさがれた状態になるのはわからないわけがない。
ふだんから私の授業に対して否定的な考え方を持っている吉田tが、私の授業の準備を手伝うわけがないのはわかっていたので、私は重いビデオを一人で教室に入れようとした。ビデオを思い切り押した瞬間、タイヨウくんがしゃがんで遊んでいる姿がちらりと見えた。
幸い、ビデオはタイヨウくんに間一髪ぶつからない形で教室に入った。
私は「前は見えないんだから、(タイヨウくんにぶつからないように)お願いできませんかね」といわざるを得なかった。
私の授業に協力したくないのは勝手だが、子どもを守るぐらいのことは当然してくれるだろうと思っていた。甘かった。私がタイヨウくんにビデオをぶつけてしまい、怪我をさせるという事故を起こして、音楽の授業ができなくなることまで計算していたのか、とさえ勘ぐりたくなる。
こういうことをしてまで、多文化共生教育をつぶそうという吉田tの意図に負けず、これからもフィリピンをはじめ、アジアとふつうに連帯する気持ちを強く強くもちたい。

付記:吉田tと男性tは全教系の大手組合の熱誠分子で、多文化共生については一貫して非常に否定的スタンス。私の担当する音楽の授業で、アジア等の音楽を取り上げる時には必ず詳細な資料を前もって配布したが、そのことについてプラスの言葉がけなどはただの一度もなかった。タイヨウくんダイチくんが「日本人」であることを考慮してほしい=アジアの音楽をあまり取り上げるな、という申し入れまでされたので「知らないということにもう少し謙虚になるべきだ」と言い返し逆切れされたことも。日本人だからこそ、隣の国や地域のことをしっかり学ぶ必要がある、という当たり前の話ができない。アジアの教材を取り上げた分、日本人が損をするというネトウヨ発想。休み時間にフィリピンの童謡のCDをかけた時、日本人児童が関心を示す場面が何度かあったが、吉田t男性tからは完全に無視された。