1日(火) 訪問授業から戻り、小西tが自己申告書を作成していた。大村tがのぞきこんでいろいろしゃべっていたが、あきらかにこちらに聞こえよがしに言っている部分があったので一切無視する。
小西tは『能力開発(研修)』の部分で「目標を大きく立てすぎちゃった」そうで(つまり、個人単位ではなく、学部単位で研修の目標をたてたようす?)、言外に「私のせいで」と言いたげなようすで「ぜんぜん達成できなかったから、本当はDなんだけど、Cぐらいにしておこうかな~」「報告には、いろいろ言いたいことを書いたから、自由意見のところは空欄にしておく」「(大村tに)見せてあげる、(私を含む周囲に聞かれないように)声出して読まないでね」等々。
3日(木) 自立活動(カラオケ)。次の動作に入るのに時間のかかる傾向のあるイチローさんの順番が終わり、次の生徒にマイクを渡すところで、私はイチローさんに手で次の順番の生徒を示した。小西tがそれを見て、「イチローくんは一人でできるのに」と怒気を含んだ口調でいい、マイクを受け取った次の生徒からマイクを取り、イチローさんに戻してマイクの受け渡しのやり直しをさせた。
この日、生理前のマユミさんは一日不調で、自立活動への移動に引っかかった。以前から移動に引っかかることがあり、私が付き添い切り替えをうながしたいところではあったが、私自身が自立活動の授業者なので、講師tにマユミさんを毎回お願いしていた。この日は講師tと小西tに付き添われて教室に入った。入ってまもなく、失禁。
生徒下校後、太田主幹に呼ばれて、マユミさんの移動こだわり、トイレこだわり(学校のトイレに入りたがらない/この日はとくに拒否が強く、私が誘いかける前にトイレの前の廊下を小走りして、教室に逃げ込むように入ってしまう)について、対策を講じるように言われる。まるで、私がまるで何もしていないかのような言い方に強い衝撃を受けた。トイレに関しては、時間を決めて、強制的に座らせることを提案され、その場で拒むことができなかった。後で考えて、そういうやり方はやはりおかしいと思った。退勤後電話で、マユミさんのトイレに関する太田主幹の提案はやはりおかしいと思う、一回や二回の失敗が許せませんか? 長い目で見るべき、と自分の意見を伝えた、この時、電話の調子が悪く、私の言いたいことが伝わらず、10回以上繰り返してようやく一言伝わる状態で、仕方ないこととはいえ、気持ちを振り絞ってやっとのことで言っている言葉を繰り返させられる苦痛は耐え難いものだった。
目に見える成果を得るために、子どもを守るべくハラスメントに耐え続けている私に、さらに重圧をかけるようなやり方に、死にたいと思うぐらいの気持ちになった。
この日の夜、あまりに苦しかったので、以前「困ったことがあったら連絡して」と言ってくれた知人に電話する。言葉での説明だけでは当然のこととはいえ状況が伝わらない上に、ハラスメントの加害者と「話し合えば」(!)というとんちんかんな「アドバイス」をされる。(付記:いじめ自殺に追い込まれた桐生市の在日ダブルの小学生・上村明子さんがクラスメートからフィリピンルーツであることをネタにいじめぬかれ、給食を彼女だけが一人で食べることを長期にわたって余儀なくされたことについて、担任は「あなたからクラスメートに「一緒に食べよう」と声をかけたらどうか」という言葉を浴びせられた。彼女は自殺した。在日ダブルの元教員は、このことについて「あまりにも配慮がなさすぎる」と慨嘆していた。)
ハラスメントの苦しさは、当事者でないと「わからない」というのが「普通」だということを実感させられた。この日はショックで涙が止まらなかった。死にたいと思った。
4日(金) 前日の件で太田主幹と話をする。ハラスメントについて、私の苦痛を話したが全く伝わらず
絶望感に打ちひしがれ、子どもを不安がらせることだけは絶対ダメだと思いつめ、自分の声を殺して涙をこらえているうちに、身体が「発作的」に動いて、窓から飛び降りようとした(幸い窓は開かなかった。今でも自分の行為を考えると、何かを抑えると別のところから噴き出すような感じで、恐ろしい限りだ。自殺は命を粗末に扱う行為だとよく言われるが、押さえに抑えて噴き出した先が「通勤電車の前」だったり、というケースは相当あるのではと感じた)。「私の話を聞いてほしい」と訴えると、刑事が犯人を取り調べるように、私の話を記録し始め、細かいところを執拗に詮索されたのでものすごい苦痛を覚えた。「思い出すだけで辛い」と言うと、その言葉尻をとらえられて「話を聞いてほしいんじゃないのか」と言われ、この人は他人の苦痛にこれほどまでに鈍感なのかと怒りと絶望感、死にたいという思いが押し寄せた。それでも、子どもたちを守るために私は声を殺し、苦痛を飲み込み、訪問授業は笑顔を心がけて必死で頑張った。子どもを守りたいから!
この日、幸いなことに小西tは休日出勤の代休でいなかった。
7日(月) 未明、胃がしくしく痛み、よく眠れなかった。太田主幹に小西t・大村tから受けたハラスメント被害の具体例の概要を書いたレポートを渡す。この日の午後、小西tは自己申告の面接を受けた。
8日(火) 生徒下校後、大村tにハルオさんのようす(学園の体育館で授業をしていた時に、自分のイスを窓際に移し、窓の鍵をいじっていた)を話したら、「それは近くにいる人がちゃんと見ていてくださいね」とずいぶん失礼な返され方をした。腹立たしかったが、適当に流す。
9日(水) 昨日から二日間、授業の場面や、会議の場面(研修部の提案を本校のtが代わりにして下さったり等、私への「攻撃材料」は十分にあったのだが)等々で、小西tらからの嫌がらせがなくなった。
7日の夜に、パワーストーンの「お守り」を買って携帯や鍵につけたのが功を奏しているとは思えず(笑)、7日に小西tが自己申告で、私に関することを管理職から言われて、一定の満足を得ているという可能性が濃いのでは、と私は推測している。油断は絶対に出来ない!
10日(木) モラハラ再び!
校外学習。行きの電車では、私とマユミさん、小西t・大村t、イチローさん、キヌエさんが向かい合わせになるような形に座った。小西tの聞こえよがしに言う「マユミさんがいろいろ話しているのに、何も答えてあげていない」「マユミさんの顔を見ていない」うんぬんという言葉が聞こえた。(私とマユミさんは隣同士で座っていた) 中学生の生徒が、担任と隣同士で電車に乗っているというシチュエーションで、担任からのべつまくなく話しかけられ、じっと見つめられる方がよっぽどうざいし、負担だと私は思うのだが。レストランで、私の注文した品はすぐに出て、マユミさんのは時間がかかるので番号札だけもらって待つはめになった。順番待ちして注文を受けてもらい、周囲には食事を楽しむ地域の団体客などがいて、周囲の友達はすでに食事を始め、しかも目の前には私の注文したチキン南蛮丼があった。これ以上待たせたらパニックを起こして、一般の人に迷惑をかけるかもしれないと判断し、チキン南蛮丼を半分こして食べようとマユミさんに提案したら、半分こはいや(小皿に半分にとりわけた時点で拒否)と強く要求してきたので、私の分をそっくり進呈した。そのあとマユミさんの注文したカツカレーができあがってきたので、さすがに2つを食べるのは良くないと思い、半分この提案をもう一度した。マユミさんは怒り出し、スプーンを放り投げた。すると、後ろにいた小西tは大村tに「カツカレーだったのに、約束違うよね」「あれは違反だわよね」「二つ全部あげればいいのよね」と聞こえよがしに言うのが聞こえた。
カロリー制限をしている生徒に、脂っこいメニュー大人1人前分を2つも「あげればいいよね」という言い方を平然とするところに、小西tのいう「子どもへの愛情」とやらの正体が容易にうかがえる。
幸い、マユミさんは南蛮丼が気に入り、カツカレーは「もういい」という状態になり、私が半分ほど食べて片付けることができた。
帰りの電車は、小西t・大村tから離れた場所に座った(不可抗力で)。そうすると小西t・大村tが「マユミさんだけ離れている」といった内容の話を、やはり聞こえよがしにしているのが聞こえてきた。
14日(月) 風邪のため1日年休。念のためインフルエンザ検査を受ける。-。
15日(火) この日は、1日年休明けのわりには?小西tのハラスメントはさほどではなかった。キヌエさんのトイレを私が見ることになり、生理のパットが汚れていたので交換しようと思い、トイレを出て小西tに聞いてみようとしたところ、小西tが「キヌエさんは一人にしといちゃだめ!」とすごい剣幕で言ってきたので、生理のパットが汚れていることを話したら、小西tはパットを確認して「このぐらいなら大丈夫」と交換しなかった。私だったら迷わず交換したと思うが、このへんは個人の判断によるところが大きいから何ともいえない部分である。ただ、もしも私が「このぐらい大丈夫」というようなことを言ったとしたら、小西tはたぶん交換したかもしれない(笑)。
自己申告面接は、18日に延ばした。
16日・17日(水・木) 小西tの嫌味、あてこすりは幸いにほとんどなかった(キヌエさんが私の目の前でトイレに入ったので、一緒にトイレに入ろうとしたら大慌てで「私が見るから」と駆け寄ってきた)。欠席の多いテツローがこの二日登校し、17日は帰りの添乗に加わり、テツローの母親と来週の授業参観について話をした。そのあと、帰りのタクシーを待っている間、小西tはテツローについて「いつも来ないのに、参観日なんかにいきなり来られても困るのよね。母親にしても、いつも来ない子っていう目で見られるのわかっていて、来られるわけないもんね」という意味合いのことを言っていた。これが小西tのいう「子どもへの愛情」の正体だ。
18日(金) 作業学習。マグネットの両面テープの粘着力が弱いことについて、聞こえよがしに大村tと小西tが「美術の先生が強力なテープを持っている」「事務室にも両面テープがあるのに」等々。そんなによくご存知なら、堂々と現物を持ってきて提案してくれればこちらも改善するのに、生徒の指に強力なテープがついた時に痛みを感じるのでは、と危惧しているのが理解できないのだから(ちょっと考えればわかるはず)、無視。自己申告(別紙)
21日・22日(月・火) モラハラ自体はなかったが、小西tがキヌエの母親の連絡帳を見て、彼女がアルバイトを探して方々の会社や店などを回っていることを、軽蔑したような口調で話していたのが不快だった。金曜日も、長欠生徒のテツローの母親について、ずっと休んでいるのだから、ほかのお母さんたちには恥ずかしくてとても会えないだろうから、どうせ来ない、という言い方をしていた(こちらが中学部最後の参観日なので、登校を促しているのに)。こういう人が「生徒を愛している」と恥じらいもなくおっしゃるのが現実。
22日、内示。中学部本校の波野tが、希望していなかった肢体不自由校異動を告げられる。夏の研修会で「職員会議で議論できなくなったことが、学校の活力を失わせている」といった趣旨の発言をしたことで、管理職に徹底的に嫌われ、自己申告中間報告では「人事構想に入っていない」と告げられた。本人は、あと1年今の学校で……と思っていたのに、このような不本意な結果に。他に、中学部本校の泉tも管理職によく思われていないようだ、と太田主幹が言っていた。まじめな泉tがどうして?と不思議で仕方がない。
23日(水) 授業参観日。終了後、飛び込みで会議が入ったが、私はあいにく校内放送が聞こえなかったので、保護者面談のまとめ等の仕事をしていた。会議の後半?になって小西tがわざわざ私を呼びにきた。会議予定に板書されていなかったので、その旨を言うと、板書はされていないが、急に入ったということだったので、会議室に行く。話は大半が終わっていて、資料だけもらって職員室に戻る。
仲良しグループはお互い声を掛け合って会議に出たのだろうが、こちらに対しては、声をかけるようなこともせず、わざわざ会議終了間際に呼びにいくという手の込んだ嫌がらせを行う。まあ、高等部の主任も会議を知らなくて、私より遅れて来ていたので、仕方ないかな、と思っている。
25日(金) 作業学習。授業中に、私にアピールするかのように?キヌエの手をとって、「これは美術じゃなくて作業なんだから、正確にやらなきゃだめ」といった意味のことを言って、木片にニスをすみずみまで塗ることを要求していた。マグネット作業工程がずれていて、木片にマグネットがまだついていない状態(裏にテープでマスキング)でニス塗りをさせる形になったことについては「磁石がついていないから、何を作っているのかわからないわよね」と聞こえよがしに言ってくる。生徒下校後、先週も同様だったが、教室掃除を全部私一人にやらせて、「仲良しグループ」は小西tの片付け物と食堂清掃を3名以上で行い、こちらが授業の後始末を行っているのにも関わらず、無視してさっさと職員室に引き上げてしまう。こういう人間たちが自分のことを「先生」と称して子どもの前に立つこと自体が恥ずかしい。
学校に戻り、分掌の会議が終わって職員室で仕事をしていると、小西tが来年度の研修のことについて、こちらに聞こえよがしに独り言?を言うのが聞こえてきたので、無視して経営企画室に向かった。
小西tは『能力開発(研修)』の部分で「目標を大きく立てすぎちゃった」そうで(つまり、個人単位ではなく、学部単位で研修の目標をたてたようす?)、言外に「私のせいで」と言いたげなようすで「ぜんぜん達成できなかったから、本当はDなんだけど、Cぐらいにしておこうかな~」「報告には、いろいろ言いたいことを書いたから、自由意見のところは空欄にしておく」「(大村tに)見せてあげる、(私を含む周囲に聞かれないように)声出して読まないでね」等々。
3日(木) 自立活動(カラオケ)。次の動作に入るのに時間のかかる傾向のあるイチローさんの順番が終わり、次の生徒にマイクを渡すところで、私はイチローさんに手で次の順番の生徒を示した。小西tがそれを見て、「イチローくんは一人でできるのに」と怒気を含んだ口調でいい、マイクを受け取った次の生徒からマイクを取り、イチローさんに戻してマイクの受け渡しのやり直しをさせた。
この日、生理前のマユミさんは一日不調で、自立活動への移動に引っかかった。以前から移動に引っかかることがあり、私が付き添い切り替えをうながしたいところではあったが、私自身が自立活動の授業者なので、講師tにマユミさんを毎回お願いしていた。この日は講師tと小西tに付き添われて教室に入った。入ってまもなく、失禁。
生徒下校後、太田主幹に呼ばれて、マユミさんの移動こだわり、トイレこだわり(学校のトイレに入りたがらない/この日はとくに拒否が強く、私が誘いかける前にトイレの前の廊下を小走りして、教室に逃げ込むように入ってしまう)について、対策を講じるように言われる。まるで、私がまるで何もしていないかのような言い方に強い衝撃を受けた。トイレに関しては、時間を決めて、強制的に座らせることを提案され、その場で拒むことができなかった。後で考えて、そういうやり方はやはりおかしいと思った。退勤後電話で、マユミさんのトイレに関する太田主幹の提案はやはりおかしいと思う、一回や二回の失敗が許せませんか? 長い目で見るべき、と自分の意見を伝えた、この時、電話の調子が悪く、私の言いたいことが伝わらず、10回以上繰り返してようやく一言伝わる状態で、仕方ないこととはいえ、気持ちを振り絞ってやっとのことで言っている言葉を繰り返させられる苦痛は耐え難いものだった。
目に見える成果を得るために、子どもを守るべくハラスメントに耐え続けている私に、さらに重圧をかけるようなやり方に、死にたいと思うぐらいの気持ちになった。
この日の夜、あまりに苦しかったので、以前「困ったことがあったら連絡して」と言ってくれた知人に電話する。言葉での説明だけでは当然のこととはいえ状況が伝わらない上に、ハラスメントの加害者と「話し合えば」(!)というとんちんかんな「アドバイス」をされる。(付記:いじめ自殺に追い込まれた桐生市の在日ダブルの小学生・上村明子さんがクラスメートからフィリピンルーツであることをネタにいじめぬかれ、給食を彼女だけが一人で食べることを長期にわたって余儀なくされたことについて、担任は「あなたからクラスメートに「一緒に食べよう」と声をかけたらどうか」という言葉を浴びせられた。彼女は自殺した。在日ダブルの元教員は、このことについて「あまりにも配慮がなさすぎる」と慨嘆していた。)
ハラスメントの苦しさは、当事者でないと「わからない」というのが「普通」だということを実感させられた。この日はショックで涙が止まらなかった。死にたいと思った。
4日(金) 前日の件で太田主幹と話をする。ハラスメントについて、私の苦痛を話したが全く伝わらず
絶望感に打ちひしがれ、子どもを不安がらせることだけは絶対ダメだと思いつめ、自分の声を殺して涙をこらえているうちに、身体が「発作的」に動いて、窓から飛び降りようとした(幸い窓は開かなかった。今でも自分の行為を考えると、何かを抑えると別のところから噴き出すような感じで、恐ろしい限りだ。自殺は命を粗末に扱う行為だとよく言われるが、押さえに抑えて噴き出した先が「通勤電車の前」だったり、というケースは相当あるのではと感じた)。「私の話を聞いてほしい」と訴えると、刑事が犯人を取り調べるように、私の話を記録し始め、細かいところを執拗に詮索されたのでものすごい苦痛を覚えた。「思い出すだけで辛い」と言うと、その言葉尻をとらえられて「話を聞いてほしいんじゃないのか」と言われ、この人は他人の苦痛にこれほどまでに鈍感なのかと怒りと絶望感、死にたいという思いが押し寄せた。それでも、子どもたちを守るために私は声を殺し、苦痛を飲み込み、訪問授業は笑顔を心がけて必死で頑張った。子どもを守りたいから!
この日、幸いなことに小西tは休日出勤の代休でいなかった。
7日(月) 未明、胃がしくしく痛み、よく眠れなかった。太田主幹に小西t・大村tから受けたハラスメント被害の具体例の概要を書いたレポートを渡す。この日の午後、小西tは自己申告の面接を受けた。
8日(火) 生徒下校後、大村tにハルオさんのようす(学園の体育館で授業をしていた時に、自分のイスを窓際に移し、窓の鍵をいじっていた)を話したら、「それは近くにいる人がちゃんと見ていてくださいね」とずいぶん失礼な返され方をした。腹立たしかったが、適当に流す。
9日(水) 昨日から二日間、授業の場面や、会議の場面(研修部の提案を本校のtが代わりにして下さったり等、私への「攻撃材料」は十分にあったのだが)等々で、小西tらからの嫌がらせがなくなった。
7日の夜に、パワーストーンの「お守り」を買って携帯や鍵につけたのが功を奏しているとは思えず(笑)、7日に小西tが自己申告で、私に関することを管理職から言われて、一定の満足を得ているという可能性が濃いのでは、と私は推測している。油断は絶対に出来ない!
10日(木) モラハラ再び!
校外学習。行きの電車では、私とマユミさん、小西t・大村t、イチローさん、キヌエさんが向かい合わせになるような形に座った。小西tの聞こえよがしに言う「マユミさんがいろいろ話しているのに、何も答えてあげていない」「マユミさんの顔を見ていない」うんぬんという言葉が聞こえた。(私とマユミさんは隣同士で座っていた) 中学生の生徒が、担任と隣同士で電車に乗っているというシチュエーションで、担任からのべつまくなく話しかけられ、じっと見つめられる方がよっぽどうざいし、負担だと私は思うのだが。レストランで、私の注文した品はすぐに出て、マユミさんのは時間がかかるので番号札だけもらって待つはめになった。順番待ちして注文を受けてもらい、周囲には食事を楽しむ地域の団体客などがいて、周囲の友達はすでに食事を始め、しかも目の前には私の注文したチキン南蛮丼があった。これ以上待たせたらパニックを起こして、一般の人に迷惑をかけるかもしれないと判断し、チキン南蛮丼を半分こして食べようとマユミさんに提案したら、半分こはいや(小皿に半分にとりわけた時点で拒否)と強く要求してきたので、私の分をそっくり進呈した。そのあとマユミさんの注文したカツカレーができあがってきたので、さすがに2つを食べるのは良くないと思い、半分この提案をもう一度した。マユミさんは怒り出し、スプーンを放り投げた。すると、後ろにいた小西tは大村tに「カツカレーだったのに、約束違うよね」「あれは違反だわよね」「二つ全部あげればいいのよね」と聞こえよがしに言うのが聞こえた。
カロリー制限をしている生徒に、脂っこいメニュー大人1人前分を2つも「あげればいいよね」という言い方を平然とするところに、小西tのいう「子どもへの愛情」とやらの正体が容易にうかがえる。
幸い、マユミさんは南蛮丼が気に入り、カツカレーは「もういい」という状態になり、私が半分ほど食べて片付けることができた。
帰りの電車は、小西t・大村tから離れた場所に座った(不可抗力で)。そうすると小西t・大村tが「マユミさんだけ離れている」といった内容の話を、やはり聞こえよがしにしているのが聞こえてきた。
14日(月) 風邪のため1日年休。念のためインフルエンザ検査を受ける。-。
15日(火) この日は、1日年休明けのわりには?小西tのハラスメントはさほどではなかった。キヌエさんのトイレを私が見ることになり、生理のパットが汚れていたので交換しようと思い、トイレを出て小西tに聞いてみようとしたところ、小西tが「キヌエさんは一人にしといちゃだめ!」とすごい剣幕で言ってきたので、生理のパットが汚れていることを話したら、小西tはパットを確認して「このぐらいなら大丈夫」と交換しなかった。私だったら迷わず交換したと思うが、このへんは個人の判断によるところが大きいから何ともいえない部分である。ただ、もしも私が「このぐらい大丈夫」というようなことを言ったとしたら、小西tはたぶん交換したかもしれない(笑)。
自己申告面接は、18日に延ばした。
16日・17日(水・木) 小西tの嫌味、あてこすりは幸いにほとんどなかった(キヌエさんが私の目の前でトイレに入ったので、一緒にトイレに入ろうとしたら大慌てで「私が見るから」と駆け寄ってきた)。欠席の多いテツローがこの二日登校し、17日は帰りの添乗に加わり、テツローの母親と来週の授業参観について話をした。そのあと、帰りのタクシーを待っている間、小西tはテツローについて「いつも来ないのに、参観日なんかにいきなり来られても困るのよね。母親にしても、いつも来ない子っていう目で見られるのわかっていて、来られるわけないもんね」という意味合いのことを言っていた。これが小西tのいう「子どもへの愛情」の正体だ。
18日(金) 作業学習。マグネットの両面テープの粘着力が弱いことについて、聞こえよがしに大村tと小西tが「美術の先生が強力なテープを持っている」「事務室にも両面テープがあるのに」等々。そんなによくご存知なら、堂々と現物を持ってきて提案してくれればこちらも改善するのに、生徒の指に強力なテープがついた時に痛みを感じるのでは、と危惧しているのが理解できないのだから(ちょっと考えればわかるはず)、無視。自己申告(別紙)
21日・22日(月・火) モラハラ自体はなかったが、小西tがキヌエの母親の連絡帳を見て、彼女がアルバイトを探して方々の会社や店などを回っていることを、軽蔑したような口調で話していたのが不快だった。金曜日も、長欠生徒のテツローの母親について、ずっと休んでいるのだから、ほかのお母さんたちには恥ずかしくてとても会えないだろうから、どうせ来ない、という言い方をしていた(こちらが中学部最後の参観日なので、登校を促しているのに)。こういう人が「生徒を愛している」と恥じらいもなくおっしゃるのが現実。
22日、内示。中学部本校の波野tが、希望していなかった肢体不自由校異動を告げられる。夏の研修会で「職員会議で議論できなくなったことが、学校の活力を失わせている」といった趣旨の発言をしたことで、管理職に徹底的に嫌われ、自己申告中間報告では「人事構想に入っていない」と告げられた。本人は、あと1年今の学校で……と思っていたのに、このような不本意な結果に。他に、中学部本校の泉tも管理職によく思われていないようだ、と太田主幹が言っていた。まじめな泉tがどうして?と不思議で仕方がない。
23日(水) 授業参観日。終了後、飛び込みで会議が入ったが、私はあいにく校内放送が聞こえなかったので、保護者面談のまとめ等の仕事をしていた。会議の後半?になって小西tがわざわざ私を呼びにきた。会議予定に板書されていなかったので、その旨を言うと、板書はされていないが、急に入ったということだったので、会議室に行く。話は大半が終わっていて、資料だけもらって職員室に戻る。
仲良しグループはお互い声を掛け合って会議に出たのだろうが、こちらに対しては、声をかけるようなこともせず、わざわざ会議終了間際に呼びにいくという手の込んだ嫌がらせを行う。まあ、高等部の主任も会議を知らなくて、私より遅れて来ていたので、仕方ないかな、と思っている。
25日(金) 作業学習。授業中に、私にアピールするかのように?キヌエの手をとって、「これは美術じゃなくて作業なんだから、正確にやらなきゃだめ」といった意味のことを言って、木片にニスをすみずみまで塗ることを要求していた。マグネット作業工程がずれていて、木片にマグネットがまだついていない状態(裏にテープでマスキング)でニス塗りをさせる形になったことについては「磁石がついていないから、何を作っているのかわからないわよね」と聞こえよがしに言ってくる。生徒下校後、先週も同様だったが、教室掃除を全部私一人にやらせて、「仲良しグループ」は小西tの片付け物と食堂清掃を3名以上で行い、こちらが授業の後始末を行っているのにも関わらず、無視してさっさと職員室に引き上げてしまう。こういう人間たちが自分のことを「先生」と称して子どもの前に立つこと自体が恥ずかしい。
学校に戻り、分掌の会議が終わって職員室で仕事をしていると、小西tが来年度の研修のことについて、こちらに聞こえよがしに独り言?を言うのが聞こえてきたので、無視して経営企画室に向かった。
