きみはフレームの外で笑う




彼は私の腕からすぐに手を離した。

『倉嶋さんですか?』

『はい。市役所広報課の倉嶋美雪です』

澤田さんは軽く頭を下げると、作業台の周りを見渡した。

『澤田です。ここだと作業の妨げになってしまうので場所を変えましょう。』


邪魔にならないように彼の後につき厨房を出る。

少し速い彼の歩幅を追いかける。
横顔を一瞬見るとやはり笑顔はない。

案内されたのは、売り場の奥にある小さな部屋だった。

『こちらへどうぞ』

向かい合うように置かれた椅子を勧められ、私はようやく仕事用の鞄とカメラを下ろした。

と同時に澤田さんも厨房で被っていた帽子を脱ぐ。
へぇ。今は黒髪なのね。


そう思いじっと見ると、眉を寄せられたので本題に入る。


『改めまして、本日はありがとうございます。』

そういい名刺と企画書を差し出す。

澤田さんはそれを受け取り、向かいの椅子に腰を下ろした。

『まず、今回の企画について説明させていただきます。』


広報誌を開き、過去の特集ページを見せる。


『町で活躍されている若い方に、お仕事を始めたきっかけや、町への思いを伺う企画です。今回は澤田さんのインタビューと、厨房で作業されている様子を掲載できればと思っています。』

一瞬、彼の企画書を読む手が止まった気がした。

『作業しているところも撮るんですか?』

『はい。正面からのお写真のほかに、ケーキを作っている自然な様子も何枚か撮影させていただく予定です。』

続けていたら本格的に企画書を読む手が止まり、顔を上げると、

『顔は出しません。』

『へ?』

あまりにもきっぱりと言われてしまったから、今かなり間抜けな顔になっていると思う。

『店内やケーキの撮影は構いません。インタビューにも答えます。ただ、私の顔が写るものは一枚も使わないでください』

『あの…… 作業中の横顔や、後ろ姿も難しいでしょうか。』

『顔が分かるもの全てです。』


いや……それじゃ広報の意味が無いじゃん。
顔出しNGの広報記事なんて3年間勤めてきて今まで見たことありませんが。

『ですが、今回は作り手の方を紹介する企画です。お写真が手元だけとなると、少し構成を変える必要があって……』

『それならお断りします。』


唖然とした。ここまでだとは……
随分簡単に言ってくれることだ。顔が出せないようならこの企画、最初から練り直しになるのですが?


『……でも!顔が出せないと、澤田さんご本人を紹介する企画として成立しない可能性もあります』

『なのでお断りしますと言っています。
すみませんが帰っていただけますか?正直今はそれどころじゃない。』

さすがにそこまで言わなくてもいいじゃない。
そう思いながらも、私は企画書と広報誌を鞄へ戻した。

もう今日話しても話が進むわけがないから退散しよう。


『分かりました、本日は失礼致します。』


そのまま帰るつもりだった。

けれど、ドアノブに手をかけたところで、どうしても悔しくなって振り返る。

『でも私諦めませんから。』

『何を』


そう言って今日何回目かの怪訝そうな表情になる。

悔しいけれど顔はいい。


『澤田さんの魅力が伝わる記事を作ります。きちんと作り直して、また来ます。』

『もう来なくて結構です。』

『いえ、また近いうちに来ますから!絶対ですよ!』


今度こそ頭を下げ、部屋を出る。

扉を閉める直前、背後から深いため息が聞こえた。
完全に面倒な女だと思われたんだろう。

なんて感じ悪い人なの。


もう頭にきた……!
私は本気で澤田聖都を説得し、意地でもこの企画を成功させてやる。