企画書を受け取ってから、私はさっそく店へ連絡を取るために近くにある電話を取る。
数回の呼び出し音のあと、若い女性の声が聞こえた。
『お忙しいところ申し訳ございません。市役所広報課の倉嶋と申します。広報誌の取材についてお電話しました』
「いえいえ。店内と商品の撮影でしたよね。」
『はい。それと、担当されているパティシエの方にもお話を伺えればと思いまして。』
そう私が言うと電話の向こうで少し間があき、何処か冷たい空気を感じた。
「大変申し訳ございません。澤田はただいま席を外しておりまして。
撮影のみなら明後日の午前10時はいかがでしょうか。」
『はい。では、明後日の午前10時に伺わせて頂きます。』
「澤田にも伝えておきます。」
連絡が終わり、ガチャリと切る音がしたのを確認してから私も電話を元の位置に戻した。
心配だったのか蒼井さんが私の近くに来て、形の良い眉を下げた。
「取材大丈夫そう?」
『はい。明後日の午前10時からになりました。』
「……ちなみにあのイケメンパティシエにも会えるの?」
さっきの心配してますみたいな顔はなんだったのか。ウッキウキじゃん。
『仕事ですからね?』
「まぁそうだけど。そのくらい楽しみにしていってもいいんじゃない?レポよろしくね?」
イケメンのことしか頭にないのかと口から出かかったが、まぁ蒼井さんのことは置いておき。
さっきから電話時の若手女性の間と、
記事の中の彼の心から笑っていないであろう笑顔が気がかりだった。
・
今日は待ちに待ったのか?取材日。
いつも通りのスーツにいつも通りのメイク。
いつも通りの髪型にしようと思ったが、相手方に失礼のないようにいつもより顔周りをスッキリとさせたポニーテールにする。
うん。いい感じ。
これなら初めての場でも好印象に見えるだろう。
1度会社に出勤してからパティスリースリジエに向かう。
よく通る並木道はオレンジや黄の紅葉に彩られ、心を穏やかにしてくれる。
職場からは徒歩で15分なので紅葉に癒されていたらすぐに着いてしまった。
『ここだ。』
約束の十分前に店へ着くと、平日にもかかわらず店内には数人の客がいた。
扉を開けた途端、バターと焼き菓子の甘い香りに包まれる。
ショーケースに並ぶケーキは、どれも写真で見るより綺麗だった。
季節のフルーツがたっぷり使われたフルーツタルトに、見るからに香ばしくきつね色に焼かれているベイクドチーズケーキ。端から順番に眺めたくなる気持ちを抑え、近くにいた店員へ声をかける。
『市役所広報課の倉嶋です。10時に取材のお約束をしているのですが。』
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
この声はもしかして一昨日連絡を取った女性だろうか。
私より15センチは低く小柄で、顔のパーツも大きく丸めで可愛らしい。あと小柄なのに手足が長くてナイスバディだ。
初対面でも話しかけやすいだろうし、男性は放っておかないだろうな。
「まずは厨房の撮影ですよね。
髪の毛や外のものがケーキに混入してしまうと良くないのでこれを着てください。」
と、この可愛らしい女性・干場南さんに言われて着替え、厨房に入る。
「足元滑りやすいのでお気をつけください。」
厨房へ続く扉が開いた。
売り場に漂っていた甘い香りが、一段と濃くなる。
最初に目に入ったのは、大きなステンレス製の作業台だった。壁際には業務用のオーブンや冷蔵庫が並び、その間を白いコックコート姿のスタッフたちが行き交っている。
かなり忙しそうで申し訳ないなと思いつつ、持参したカメラで厨房の様子を撮る。
聞こえるのは、泡立て器がボウルに触れる音。オーブンの扉が閉まる音。金属製のトレーを重ねる乾いた音。
誰もが必要な言葉だけを交わし、手を止めることなく作業を進めていた。
『すごい……』
思わず声が漏れる。
作業台には、焼き上がったばかりのスポンジが並んでいた。別の台では、絞り袋から白いクリームが均等に絞られていく。
甘いだけではない。焼けた小麦粉やバター、ほんの少し焦げた砂糖の香りが混ざっている。
「あちらにいるのが澤田です。」
干場さんの手の先を辿ると、
そこには出来上がったショートケーキにクリームを絞っている若い男性が立っていた。
クリームを絞り終わるとそのケーキへ苺を並べている。
ピンセットを持つ長い指が、苺の角度をわずかに変える。少し離れて全体を確認すると、今度は透明な飴細工をそっと添えた。
夢中で眺めていると、干場さんから声がかかった。
「あちらが今秋の新作です。」
淡いピンク色のムースに、小さな白い花の飾りが乗っている。
周りに回しかかってあるソースはラズベリーかな?
なるほど。
あえて分かりやすい秋の食材を使わないところがこの店のこだわりなのかもしれない。
「後ろ通ります。」
近くから声をかけられ慌てて避けると、作業台の角にぶつかりそうになる。
『危ない!』
腕を軽くつかまれる。
振り返ると、先ほどまで厨房の奥にいた男性が立っていた。
『厨房は狭いので、周りをよく見てください。』
そう怪訝そうに言われる。
近くで見ると記事の写真よりも目元が鋭く、切れ長で三白眼に近い瞳。
背は……私より10センチほど高いかな。写真より逞しく見える。
服によって体型が違って見えるタイプかな。
「あ、すみません……」
やはり実物の方が男らしく、綺麗な人だと思った。
