異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

数日後――。

 レオンが公爵へ掛け合ってくれたおかげで、ヴェダー亭へ課せられた税は半額まで減免されることになった。

 町役場から新しい羊皮紙が届き、私は何度も金額を見直した。

「……本当に?」

 最初に請求された額のちょうど半分。

 帳簿を開き、売り上げと照らし合わせる。

 仕入れを少し節約すれば、何とか支払える。

 店を畳まずに済む。

 私は安堵のあまり、その場へ座り込んでしまった。

「良かったぁ……」

 ヴェダーたちも事情はよく分からないようだったが、私が笑うと葉っぱを揺らして飛び跳ね始める。

「ヴェダー!」

「ヴェダー!」

 シマエナガも大きな翼を広げ、

「ジュリッ!」

 と嬉しそうに鳴いた。

 その日の夕方、レオンがヴェダー亭を訪れた。

「税の件、良かったですね」

「本当にありがとうございました」

 私は深々と頭を下げる。

「あれはレオンさんが動いてくださらなかったら……」

「私は父へ事情を話しただけです」

 レオンは少し照れくさそうに笑った。

「ですが、一つお願いがあります」

「お願い?」

「父が爽子さんの料理に興味を持ちました」

「えっ?」

「特に、私がお話しした『豚丼』をぜひ食べてみたいそうです」

「公爵様が……」

 胸がどきりと鳴る。

「屋敷へお越しいただけませんか」

 私は思わず姿勢を正した。

「私でよろしいんでしょうか」

「もちろんです」

 レオンは穏やかに頷いた。

「父も楽しみにしております」



◇◇◇



 約束の日。

 私は朝から市場へ向かった。

「今日は一番いい豚肉をください」

 肉屋の主人は腕を組みながら豪快に笑う。

「公爵様へ出すんだって?」

「もう町中に広まってるんですか?」

「ははは!」

 主人は奥から見事な霜降りの豚バラ肉を持ってきた。

「今朝捌いたばかりだ」

「ありがとうございます!」

 脂の入り具合も申し分ない。

 次は八百屋。

「青ネギをお願いします」

「今日は特別だよ」

 おばちゃんは太く真っ直ぐ伸びた青ネギを選びながら笑う。

「爽子ちゃんの料理で公爵様まで喜ばせておいで」

「はい!」

 買い物を終え、店へ戻る。

 チャーシュー用とは別に豚バラを丁寧に下ごしらえし、生姜をすりおろす。

 秘伝の甘辛いタレも仕込んだ。

 あとは迎えを待つだけ。

 私は何度も厨房を見回し、忘れ物がないか確かめる。

「落ち着いて、爽子」

 自分へ言い聞かせるように呟く。



◇◇◇



 教会の鐘が十二回鳴り響く頃だった。

 ゴトゴト……。

 店の前へ重厚な馬車が止まる。

 窓から覗くと、黒塗りの車体には百合の紋章が輝いていた。

「来た……」

 思わず息を呑む。

 ヴェダーたちも窓辺へ集まり、不安そうに葉っぱを揺らしている。

「ヴェダー……」

 シマエナガも窓枠へ留まり、黒い瞳でじっと見つめていた。

「すぐ帰ってくるからね」

 私は一匹ずつ頭を撫でる。

「お留守番お願いね」

「ヴェダー」

 いつも元気な葉っぱも今日は少し元気がない。

 私まで胸が締めつけられた。

 深呼吸を一つして店の扉を開く。

 外では制服姿の御者が静かに待っていた。

 私を見ると帽子を取り、恭しく一礼する。

「上田爽子様でいらっしゃいますね」

「はい」

 私も慌てて頭を下げた。

「お迎えに参りました」

 御者が馬車の扉を開く。

 磨き上げられた真鍮の取っ手が陽の光を受けて輝いていた。

 御者は手に持った籠の中身を確認すると、「食材はこちらでご用意いたします」と頭を下げた。

「そうですか」

 市場のおじさんたちの笑顔を思い出すと胸が痛んだ。

 仕方ないので保冷箱の中に肉をしまう。

「分かりました......失礼します」

 スカートの裾を整えながら乗り込む。

 ふかふかの座席へ腰を下ろすと、思わず身体が沈み込んだ。

 こんな立派な馬車へ乗るのは初めてだ。

 扉が静かに閉まる。

 カタン。

 馬が歩き出した。

 車輪が石畳を軽やかに転がっていく。

 窓から見える市場は少しずつ遠ざかり、やがて白樺並木へ変わる。

 秋風に黄色い葉が舞い、陽射しが木漏れ日となって馬車の窓へ差し込んだ。

 私は景色へ目を奪われる。

 しばらく進んでも屋敷らしい建物は見えてこない。

「まだ……?」

 馬車はさらに奥へ。

 さらに奥へ。

 やがて巨大な鉄門がゆっくりと開いた。

 百合の紋章が刻まれた立派な門。

 その先にも、なお白樺林が続いている。

 広い。

 どこまでが公爵家の敷地なのだろう。

 馬車は静かに林道を進み続けた。

 左右には手入れの行き届いた芝生。

 小川には白鳥が泳ぎ、遠くには鹿の群れまで見える。

 まるで一つの森が、そのまま屋敷になったようだった。

 私は膝の上で両手をぎゅっと握る。

 胸が高鳴る。

 豚丼を気に入ってもらえるだろうか。

 失敗したらどうしよう。

 そして、この屋敷の主はどんな人物なのだろう。

 期待と緊張が入り混じる中、馬車は白樺林の奥へと静かに進んでいった。