ギルと他愛もない会話を交わしながら、私はじゃがいもの皮を剥いていた。
ころころと丸いじゃがいもは、相変わらず何もしゃべらない。
ピーマンは悲鳴を上げるし、キャベツは呪文を唱える。
馬だって挨拶を返してくる。
なのに、じゃがいもだけは終始無言だ。
「じゃがいもは静かな子なのね」
思わず笑うと、ギルも不思議そうに首を傾げた。
「何か言ったかい?」
「ううん、独り言」
皮を剥きながら、自然と話題は私の故郷へ移っていく。
熊ちゃんと二人で営んでいたラーメンヴェダ亭。
朝早くから仕込みをして、夜遅くまで鍋を振り続けたこと。
雨の日はお客さんが来なくて、二人で売上表を見ながらため息をついたこと。
資金繰りが苦しくなり、「そろそろ店を畳んだほうがいいのかな」と夜中まで話し合ったこと。
思い出すたび胸は少し痛む。
でも不思議と、昨日ほど涙は出なかった。
「そのラーメンって料理、いつか食べてみたいもんだねぇ」
ギルが穏やかに笑う。
「うん。そのうち絶対に作るわ」
私は頷きながら、山と積まれたじゃがいもを一センチほどの厚さに輪切りにしていく。
厚すぎず、薄すぎず。
このくらいが一番美味しい。
切り終えたじゃがいもを水へさらしながら、私は昨日から気になっていたことを思い出した。
この異世界北海道では、野菜の皮も、茹で汁も、肉から出る脂も全部捨ててしまう。
「もったいない」という考え方がない。
再利用という概念そのものが存在していないようだった。
だったら。
私が教えればいい。
料理は工夫ひとつで、もっと美味しくなる。
「ギルさん、昨日お願いしていた牛の脂はありますか?」
「もちろんさ。ほら」
保冷庫から取り出した木皿の上には、昨日取り分けておいてもらった牛脂がのっていた。
「ありがとう」
熱したフライパンへ牛脂を入れる。
じゅわっ、と音を立てて白い脂が溶け始める。
ぷくぷくと小さな泡が立ち、やがて透明な脂へと変わっていく。
香ばしい牛肉の香りが、ふわりとキッチンいっぱいに広がった。
「いい匂い……」
ギルが思わず鼻を鳴らす。
「爽子、それはどうするんだい?」
「じゃがいもを焼くの。表面をカリッとさせると、とても美味しいのよ」
水気を切ったじゃがいもを一枚ずつ丁寧に並べる。
ジュゥゥッ。
心地よい音が響いた。
その音に誘われるように、二階からドタドタと足音が聞こえてくる。
「なんだ、この匂い!」
「朝飯か!」
「肉を焼いてるのか?」
昨日の宿泊客たちだった。
ドワーフも獣人も、妖精まで眠そうな目をこすりながら階段を駆け降りてくる。
「いや、肉じゃねぇ!」
「じゃがいもだ!」
「じゃがいもがこんな匂いになるのか!?」
みんな皿とフォークを抱え、キッチンカウンターへずらりと並んだ。
待ちきれないドワーフたちは爪先立ちになって体を上下に揺らしている。
まるでご飯を待つ子どもたちみたいで、思わず笑ってしまう。
「もう少し待ってね」
私はフライ返しを滑り込ませ、一枚ずつ丁寧に裏返した。
こんがりと焼き色がついている。
黄金色のじゃがいもに、薄茶色の焦げ目。
これくらいがちょうどいい。
「ほぉ……」
ギルは目を丸くしながら、その様子を熱心に覗き込み、小さな手帳へ何やら一生懸命書き込んでいた。
「焼き色が大事……っと」
「あとでレシピを書いてあげるわ」
「本当かい!」
全部裏返したところで、私は小さな器を取り出した。
醤油と砂糖を混ぜておいた甘辛いタレ。
異世界ではまだ誰も知らない味だ。
それをフライパンへ回し入れる。
ジュッ!
一瞬で白い湯気が立ち上る。
甘く香ばしい匂いが食堂いっぱいへ広がった。
「うぉぉぉぉぉ!」
「なんだ、この香り!」
「腹が鳴る!」
宿泊客たちは一斉に身を乗り出し、湯気ごと香りを吸い込んでいる。
妖精たちは空中でくるくる回りながら「甘い匂いだー!」と歓声を上げた。
私は火を止め、大皿へこんがり焼けたじゃがいもを盛り付ける。
照りのある飴色のタレが絡み、湯気をまとったじゃがいもは朝日に照らされて宝石のように輝いていた。
「出来ました」
「肉じゃが風ポテトソテーです」
誰もが無言になる。
ごくり、と喉を鳴らしながらフォークを突き刺した。
一口。
二口。
しばらく誰もしゃべらなかった。
「……美味しいですか?」
恐る恐る尋ねる。
すると一人のドワーフが勢いよく立ち上がった。
「うまい!」
その声を合図に、あちこちから歓声が上がる。
「こんな料理は初めてだ!」
「じゃがいもが甘い!」
「外はカリカリ、中はほくほくだ!」
ギルも目を潤ませながら何度も頷いている。
「爽子、お前さんは本当に料理の魔法使いだ……」
その時だった。
宿屋の入口から、メリメリメリッという嫌な音が響いた。
次の瞬間、分厚い木の扉が木枠ごと外れ、勢いよく店内へ倒れ込んできた。
ころころと丸いじゃがいもは、相変わらず何もしゃべらない。
ピーマンは悲鳴を上げるし、キャベツは呪文を唱える。
馬だって挨拶を返してくる。
なのに、じゃがいもだけは終始無言だ。
「じゃがいもは静かな子なのね」
思わず笑うと、ギルも不思議そうに首を傾げた。
「何か言ったかい?」
「ううん、独り言」
皮を剥きながら、自然と話題は私の故郷へ移っていく。
熊ちゃんと二人で営んでいたラーメンヴェダ亭。
朝早くから仕込みをして、夜遅くまで鍋を振り続けたこと。
雨の日はお客さんが来なくて、二人で売上表を見ながらため息をついたこと。
資金繰りが苦しくなり、「そろそろ店を畳んだほうがいいのかな」と夜中まで話し合ったこと。
思い出すたび胸は少し痛む。
でも不思議と、昨日ほど涙は出なかった。
「そのラーメンって料理、いつか食べてみたいもんだねぇ」
ギルが穏やかに笑う。
「うん。そのうち絶対に作るわ」
私は頷きながら、山と積まれたじゃがいもを一センチほどの厚さに輪切りにしていく。
厚すぎず、薄すぎず。
このくらいが一番美味しい。
切り終えたじゃがいもを水へさらしながら、私は昨日から気になっていたことを思い出した。
この異世界北海道では、野菜の皮も、茹で汁も、肉から出る脂も全部捨ててしまう。
「もったいない」という考え方がない。
再利用という概念そのものが存在していないようだった。
だったら。
私が教えればいい。
料理は工夫ひとつで、もっと美味しくなる。
「ギルさん、昨日お願いしていた牛の脂はありますか?」
「もちろんさ。ほら」
保冷庫から取り出した木皿の上には、昨日取り分けておいてもらった牛脂がのっていた。
「ありがとう」
熱したフライパンへ牛脂を入れる。
じゅわっ、と音を立てて白い脂が溶け始める。
ぷくぷくと小さな泡が立ち、やがて透明な脂へと変わっていく。
香ばしい牛肉の香りが、ふわりとキッチンいっぱいに広がった。
「いい匂い……」
ギルが思わず鼻を鳴らす。
「爽子、それはどうするんだい?」
「じゃがいもを焼くの。表面をカリッとさせると、とても美味しいのよ」
水気を切ったじゃがいもを一枚ずつ丁寧に並べる。
ジュゥゥッ。
心地よい音が響いた。
その音に誘われるように、二階からドタドタと足音が聞こえてくる。
「なんだ、この匂い!」
「朝飯か!」
「肉を焼いてるのか?」
昨日の宿泊客たちだった。
ドワーフも獣人も、妖精まで眠そうな目をこすりながら階段を駆け降りてくる。
「いや、肉じゃねぇ!」
「じゃがいもだ!」
「じゃがいもがこんな匂いになるのか!?」
みんな皿とフォークを抱え、キッチンカウンターへずらりと並んだ。
待ちきれないドワーフたちは爪先立ちになって体を上下に揺らしている。
まるでご飯を待つ子どもたちみたいで、思わず笑ってしまう。
「もう少し待ってね」
私はフライ返しを滑り込ませ、一枚ずつ丁寧に裏返した。
こんがりと焼き色がついている。
黄金色のじゃがいもに、薄茶色の焦げ目。
これくらいがちょうどいい。
「ほぉ……」
ギルは目を丸くしながら、その様子を熱心に覗き込み、小さな手帳へ何やら一生懸命書き込んでいた。
「焼き色が大事……っと」
「あとでレシピを書いてあげるわ」
「本当かい!」
全部裏返したところで、私は小さな器を取り出した。
醤油と砂糖を混ぜておいた甘辛いタレ。
異世界ではまだ誰も知らない味だ。
それをフライパンへ回し入れる。
ジュッ!
一瞬で白い湯気が立ち上る。
甘く香ばしい匂いが食堂いっぱいへ広がった。
「うぉぉぉぉぉ!」
「なんだ、この香り!」
「腹が鳴る!」
宿泊客たちは一斉に身を乗り出し、湯気ごと香りを吸い込んでいる。
妖精たちは空中でくるくる回りながら「甘い匂いだー!」と歓声を上げた。
私は火を止め、大皿へこんがり焼けたじゃがいもを盛り付ける。
照りのある飴色のタレが絡み、湯気をまとったじゃがいもは朝日に照らされて宝石のように輝いていた。
「出来ました」
「肉じゃが風ポテトソテーです」
誰もが無言になる。
ごくり、と喉を鳴らしながらフォークを突き刺した。
一口。
二口。
しばらく誰もしゃべらなかった。
「……美味しいですか?」
恐る恐る尋ねる。
すると一人のドワーフが勢いよく立ち上がった。
「うまい!」
その声を合図に、あちこちから歓声が上がる。
「こんな料理は初めてだ!」
「じゃがいもが甘い!」
「外はカリカリ、中はほくほくだ!」
ギルも目を潤ませながら何度も頷いている。
「爽子、お前さんは本当に料理の魔法使いだ……」
その時だった。
宿屋の入口から、メリメリメリッという嫌な音が響いた。
次の瞬間、分厚い木の扉が木枠ごと外れ、勢いよく店内へ倒れ込んできた。

