異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

九月上旬――。

 畑には、秋の気配が少しずつ訪れていた。

 夏の勢いは和らぎ、白樺の葉もところどころ黄色く色づき始めている。

 爽やかな風が畑を渡り、生姜畑の葉をさらさらと揺らした。

「いよいよね」

 私はしゃがみ込み、生姜の株元に敷いていた藁へ手を伸ばす。

 春にテオと一緒に植えた三株。

 あれから毎日様子を見守り、水をやり、雑草を抜き続けてきた。

 収穫の日が、ようやくやってきたのだ。

「おはようございます」

 振り向くと、麻袋を肩に掛けたテオが歩いてくる。

「おはようございます!」

 私は笑顔で手を振った。

「今日は生姜の収穫ですね」

「はい!」

 八匹のヴェダーたちも葉っぱを揺らして飛び跳ねる。

「ヴェダー!」

 シマエナガも木の枝から顔を覗かせ、

「ジュリッ」

 と嬉しそうに鳴いた。

「それじゃあ始めましょう」

 私は株元の藁を一枚ずつどけていく。

 カサカサ。

 乾いた音が朝の畑へ響く。

 その時だった。

 モゾッ。

「……え?」

 黒く細長いものが土の中から顔を出した。

 くねり。
 くねり。

「きゃあっ!」

 思わず悲鳴を上げる。

 驚いて後ろへ飛び退こうとした。

 足がもつれる。

「あっ!」

 体が後ろへ倒れる。

 その瞬間だった。

「危ない!」

 ぐいっと腕を引かれた。

 気付けば私は、誰かの腕の中にいた。

「……」

「……」

 テオだった。

 倒れそうになった私を、とっさに抱き止めていた。

 右手は私の背中。

 左手は肩をしっかり支えている。

 近い。

 思った以上に近い。

 銀縁眼鏡の奥の瞳が、驚いたように私を見つめていた。

「す、すみません!」

 テオは慌てて腕を離す。

「い、いえ!」

 私も真っ赤になって飛び退いた。

 二人とも耳まで赤く染まっている。

 気まずい沈黙が流れた。

「ヴェ……」

 足元を見ると、ヴェダーたちまで葉っぱを真っ赤に染め、両手で顔を隠していた。

「ヴェダー……」

「あなたたちまで照れなくてもいいでしょう」

 思わず笑ってしまう。

 その笑いにつられ、テオも小さく笑った。

「驚かせてしまいましたね」

「実は……」

 私は土を指差した。

「ミミズが苦手で」

 テオはしゃがみ込み、土の上を這うミミズを見つめる。

「土が元気な証拠ですよ」

「分かってはいるんですけど……」

 苦笑すると、テオも優しく頷いた。

「では、こちらは私がやります」

「ありがとうございます」


◇◇◇


 株元をそっと掘り起こす。

 テオがスコップで土を緩め、私は葉を持ってゆっくり引き上げる。

「よいしょ……!」

 ズルッ。

 土の中から黄金色の塊が姿を現した。

「わぁ!」

 思わず歓声が上がる。

 握り拳よりも大きな生姜。

 ごつごつと枝分かれし、艶やかな薄茶色の肌をしていた。

「大きい!」

 爽やかな香りがふわりと立ち上る。

 私は嬉しくて何度も眺めてしまう。

「立派に育ちましたね」

 テオも嬉しそうだった。

 続いて二株目。

 三株目。

 掘れば掘るほど、生姜が次々と姿を現す。

 木箱いっぱいになるほどの収穫だった。

「こんなに採れるなんて」

「予想以上です」

 テオは一本手に取り、重さを確かめる。

「品質も申し分ありません」

 ヴェダーたちは生姜を一本ずつ抱えて行進を始めた。

「ヴェダー!」

 その姿がおかしくて、私は声を上げて笑った。

 シマエナガも、

「ジュリッ!」

 と羽を広げて畑の上を一回りする。

 秋の風が二人の間を優しく吹き抜けた。

 テオは収穫した木箱を見つめながら静かに言う。

「これだけ収穫できるなら……」

 眼鏡を押し上げ、穏やかに微笑んだ。

「来年は栽培をもっと拡大しましょう」

 私は大きく頷く。

「はい!」

 胸の奥がわくわくする。

 来年はもっとたくさん。

 豚丼も。

 スープカレーも。

 生姜焼きも。

 この異世界北海道へ、まだ誰も知らない美味しい料理を届けられる。

 私は収穫したばかりの生姜をそっと胸へ抱きしめた。

 秋の実りの香りが、二人の間に静かに広がっていた。