異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

十勝川から引いた用水路は、朝日を受けて銀色に輝いていた。

 さらさらと流れる水は、町の外れに建てられた木造の小屋へと流れ込み、大きな水車をゆっくりと押し始める。

 ギィ……。

 ギィ……。

 まだ試運転の段階だが、水車は力強く回り始めていた。

「回った!」

 大工の一人が歓声を上げる。

「ヴェダー!」

 八匹のヴェダーたちも葉っぱを揺らしながら飛び跳ねた。

 私は思わず拍手をする。

「すごい……」

 最初にテオから水車の話を聞いた時は、本当に実現できるのか半信半疑だった。

 けれど、ギルドの職人さんたち、大工さん、水路を掘った町の人たち。

 みんなが力を合わせた結果、本当に形になった。

 用水路の脇には新しい石積みが続き、水が溢れないよう丁寧に整えられている。

 木の香りが漂う建築現場では、職人たちが最後の仕上げに忙しそうに動き回っていた。

「上田さん」

 振り向くと、テオが図面を丸めながら歩いてくる。

 銀縁眼鏡の奥の目がどこか誇らしげだった。

「順調ですね」

「はい」

 私は大きく頷く。

「思っていたより立派です」

 水車を見上げる。

「これでデントコーンを効率よく粉にできます。」

「コーンスターチもたくさん作れますね」

「ええ」

 テオも嬉しそうに微笑んだ。

 ヴェダーたちは回る水車を追いかけて、ぐるぐると同じように回り始める。

「ヴェダー!」

「目が回っちゃうよ」

 そう言うと、本当に一匹がふらふらとよろけて尻もちをついた。

「ヴェ……」

 その姿に職人たちがどっと笑う。

 穏やかな空気が流れていた。

 その時だった。

 遠くから蹄の音が響く。

 カッポ。

 カッポ。

 石畳ではない。

 草原を踏みしめる柔らかな足音だった。

 職人たちが一斉に顔を上げる。

「誰だ?」

 白樺並木の向こうから、一頭の白馬が姿を現した。

 陽光を浴びた純白の毛並みは眩しく、風にたなびく黄金色の髪がよく映える。

「……レオンさん」

 思わず声が漏れた。

 その後ろには青いマントをまとった騎士が四人。

 月桂樹ではなく、トーカチー公爵の百合を模した紋章が胸に輝いている。

 以前、市場で会った気さくな青年とは違う。

 今日は公爵家の令息としての装いだった。

 白馬が静かに足を止める。

 レオンは軽やかに馬から降りた。

「こんにちは、爽子さん」

 いつもの柔らかな笑顔だった。

「こんにちは」

 私は頭を下げる。

「今日はどうされたんですか?」

「水車が完成間近だと聞いて」

 辺りを見渡す。

「ぜひ一度、この目で見たかったんです」

 職人たちも慌てて頭を下げた。

「レオンハルト様!」

「ご覧いただけるとは光栄です!」

 レオンは照れくさそうに笑った。

「今日は視察ではありません」

 水車へ近づく。

「一人の町民として見学に来ただけです」

 そう言われても、誰も肩の力は抜けない。

 テオが前へ出た。

「レオンハルト様」

「テオ」

 二人は顔見知りらしい。

「順調ですね」

「はい」

 テオは水車を見上げる。

「これでデントコーンを大量に粉砕できます」

「素晴らしい」

 レオンは木製の歯車を興味深そうに眺めた。

「これも爽子さんの発案だそうですね」

「私は、水車を使えないかなって思っただけです」

「その一言が町を変えました」

 レオンは真っ直ぐ私を見た。

「新しい発想は、いつも外からやって来るものですね」

 少し照れくさい。

「そんな、大げさですよ」

「いいえ」

 レオンは静かに首を振る。

「トーカチーは今、とても活気があります」

 市場。

 ヴェダー亭。

 水車。

 歌うトマト。

 町全体が少しずつ変わり始めている。

「これからもっと面白くなりますね」

 そう言って笑うレオンの横顔は、どこか少年のようだった。

 その時、水車が勢いよく回り始めた。

 ザァァァァ――。

 用水路の水量が増え、大きな羽根が力強く回転する。

 ギギギ……。

 ゴトン。

 歯車が噛み合う。

 初めて聞く重厚な音が辺りへ響いた。

「回った!」

 職人たちが歓声を上げる。

 ヴェダーたちは葉っぱを振り回して飛び跳ねた。

「ヴェダー!」

 シマエナガも空高く舞い上がり、

「ジュリッ!」

 と嬉しそうに鳴いた。

 私たちは、勢いよく回る水車を並んで見上げる。

 その水音は、これから始まる新しい十勝の未来を祝福しているように、いつまでも爽やかに響き続けていた。