異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

翌朝――。

 私は大きな麻袋を肩に担ぎ、市場へ向かっていた。

 白樺の葉を揺らす風は涼しく、露店には朝採れの野菜が所狭しと並んでいる。

 今日の目的は決まっていた。

 デントコーンだ。

 デントコーンは人は食べない。家畜の餌になる。

「おはようございます!」

 いつもの八百屋のおばちゃんが、元気よく手を振った。

「おや、爽子ちゃん!今日は何が欲しいんだい?」

 私は露店の隅に山積みになっている黄金色のデントコーンを見つけ、思わず笑みが零れた。

「これ、全部ください」

「……全部?」

 おばちゃんは目を丸くした。

「ええ!」

 私は元気よく頷く。

 おばちゃんは山になったデントコーンと私の顔を交互に見比べた。

「こんなに買ってどうするんだい?鶏の餌にでもするのかい?」

「コーンスターチを作るんです」

「コーン……スターチ?」

「はい」

 首を傾げるおばちゃんへ、私は笑顔で説明した。

「デントコーンから白い粉を作るんです」

「粉?」

「料理に使うと、もちもちになったり、とろみがついたりするんですよ」

 おばちゃんは腕を組み、しばらく考え込んだ。

「……さっぱり分からんねぇ」

「ですよね」

 二人で顔を見合わせて笑った。

「でも爽子ちゃんの料理は間違いないからねぇ」

 おばちゃんは豪快に笑い、次々と麻袋へデントコーンを詰め始めた。

「これもおまけだ!」

 大きなデントコーンを一本、ぽんと放り込んでくれる。

「ありがとうございます!」

 私は深々と頭を下げた。

 そのやり取りを見ていた周囲の露店の人たちが、興味津々で集まってきた。

「また爽子ちゃんが新しい料理を考えたらしいぞ」

「今度は何を作るんだ?」

「ラーメンの次は何だ?」

「この前のいももちも美味かったなぁ」

 いつの間にか、小さな人だかりができていた。

 私は照れくさくなって頭を掻く。

「まだ試作なんですけどね」

「出来たら食べさせてくれよ!」

「もちろんです!」

 市場には笑い声が広がった。



◇◇◇



 ヴェダー亭へ戻ると、八匹のヴェダーが一斉に飛び出してきた。

「ヴェダー!」

「ただいま」

 デントコーンの山を見るなり、葉っぱをピンと立てて歓声を上げる。

「今日は忙しいよ」

 私はすり鉢を取り出した。

 ゴリ、ゴリ、ゴリ……。

 乾いた音が店内へ響く。

 ヴェダーたちも小さな木槌を持ち出し、一生懸命デントコーンを砕き始めた。

「ヴェダー!」

「ありがとう」

 砕いた粉を水へ晒し、沈殿させ、上澄みを捨てる。

 その作業を何度も繰り返す。

 汗に額が滲む。

 腕が痺れる。

 夕方には、真っ白なコーンスターチが木皿いっぱいに出来上がっていた。

「できた」

 私は満足そうに頷いた。

 今日は、この粉で新しい料理を作る。

「いただきます」

 ジャガイモを千切りにする。

 玉ねぎも細く。

 人参も彩りよく刻む。

 ボウルへ野菜を入れ、塩をひとつまみ。

 そして出来たばかりのコーンスターチを加える。

「これくらいかな」

 水を少しだけ加えて混ぜ合わせる。

 木べらで持ち上げると、衣が野菜へ程よく絡みついた。

 鍋でオリーブオイルを熱する。

 ジュワァァァ――。

 静かだった店内へ、一気に香ばしい音が響いた。

 木杓子で丸くまとめながら油に落としていく。

 シュワシュワと泡が立ち、衣が黄金色へ変わっていく。

「ヴェダー!」

 ヴェダーたちは揚がる様子を見て葉っぱをぶんぶん振っていた。

 シマエナガまで首を伸ばして覗き込んでいる。

「よし」

 網へ上げる。

 サクッ。

 思わず一つ割ってみる。

 湯気とともに玉ねぎの甘い香りが立ち上り、人参の鮮やかな橙色が顔を覗かせた。

「うん」

 思わず笑顔になる。

 そこへ、

「失礼します」

 聞き慣れた声がした。

「テオさん!」

 仕事帰りらしく、少し疲れた表情だったが、香りを嗅いだ瞬間、その目が輝いた。

「今日は何を作っているんですか?」

「かき揚げです」

「かき揚げ?」

「揚げ物です」

「揚げ物……ですか?」

 皿へ盛り付け、一つ差し出す。

「熱いので気を付けてください」

 テオは恐る恐る口へ運ぶ。

 サクッ。

 軽やかな音がした。

 噛んだ瞬間、玉ねぎの甘みが口いっぱいへ広がる。

 ジャガイモはほくほく。

 人参は優しい甘さを添えていた。

「……これは」

 もう一口。

 さらにもう一口。

 気付けば無言で食べ進めている。

「衣が……軽い」

 驚いたように私を見る。

「コーンスターチです」

「これが……」

 私は嬉しそうに頷いた。

「そうです」

 その時だった。

 店の外から声が聞こえた。

「爽子ちゃん!今日は何ができたんだ?」

「また新作か!」

「俺も食べたい!」

 いつの間にか店の外には近所の人たちが集まり始めていた。

 私は思わず笑ってしまう。

「まだ試作品ですよ!」

「試作品ならなおさら食べたい!」

 そんな声が飛び交う。

 ヴェダー亭は、今日も笑い声でいっぱいだった。

 私は揚げたてのかき揚げを次々と皿へ盛り付ける。

 テオはその様子を見ながら、小さく笑った。

「忙しくなりますね」

「はい」

 私は頷く。

「嬉しい忙しさです」

 店内ではヴェダーたちがお皿を運び、シマエナガは窓辺から楽しそうに「ジュリッ」と鳴いている。

 夕暮れの柔らかな光が店いっぱいに差し込み、訪れた人たちの笑顔を照らしていた。

 私はかき揚げを揚げ続けながら、ふと隣を見る。

 テオも同じタイミングでこちらを見ていた。

 目が合う。

 二人は何も言わず、小さく微笑み合った。

 新しい料理が生まれるたび、この町も少しずつ豊かになっていく。

 そんな確かな手応えを、二人は賑やかなヴェダー亭の中で静かに感じていた。