異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

 朝日が鶏小屋の屋根に椎木の影を作る。

「チョボ、おはよう」

「コケッ」

 鶏たちが餌を求めて首を振りながら周りに集まってくる。

 白い卵が三個、まだ生温かい。

「ありがとう、もらうね」

 掌に乗せると、命の温もりがじんわりと伝わってきた。

 チョボは得意そうに胸を張り、「コッコッ」と鳴く。

 新しく仲間になった雌鶏たちも、負けじと辺りを歩き回り、藁の上へちょこんと腰を下ろした。

「今日も頑張ってね」

 餌を器へ入れてやると、一斉に夢中で啄み始める。

 ヴェダーたちは金網に張り付き、その様子を食い入るように見つめていた。

「ヴェダー!」

 茶色のヴェダーは、鶏たちの真似をして首を上下に振っている。

「ふふっ、卵は産めないわよ」

 思わず笑ってしまった、その時だった。

 背後に人の気配を感じた。

「爽子さん、おはようございます」

「……テオさん」

 振り返ると、麻袋を肩に提げたテオが立っていた。

 朝日に照らされた銀縁眼鏡がきらりと光る。

「おはようございます。今日はどうされたんですか?」

「米糠があったので......鶏の餌にどうかと思って持ってきました」

 そう言って少し照れくさそうに笑う。

 テオさんの表情は以前より表情が柔らかくなった気がする。

「ちょうど卵が採れたところなんです」

 私は掌の卵を見せた。

「新鮮ですね」

「せっかくだから、朝ごはん、ご一緒しませんか?」

「ご迷惑では……」

「もちろん大歓迎です」

 そう言うと、テオは少しだけ頬を赤く染め、小さく頷いた。

「では、お言葉に甘えて」

 厨房へ戻ると、ヴェダーたちが椅子によじ登って待っている。

 シマエナガも窓辺へ降り立ち、「ジュリッ」と鳴いた。

「今日は卵あんかけを作るね」

「ヴェダー!」

 まず寸胴鍋にブイヨンを入れて温める。

 昨日仕込んでおいた野菜の出汁は、黄金色に澄んでいた。

 玉ねぎを薄く切り、人参を細切りにする。

 しいたけによく似た森きのこも細かく刻む。

 フライパンで軽く炒めると甘い香りが立ち上った。

「いい香りですね」

 テオが鍋を覗き込み、小さく呟く。

「ここへスープを入れて……」

 コポコポと音を立てながら鍋が煮立つ。

 塩をひとつまみ。

 胡椒を少々。

 そこへ、昨日作ったコーンスターチを水で溶いて少しずつ流し入れる。

 木べらでゆっくりとかき混ぜると、さらさらだったスープが少しずつ艶を帯び始めた。

「とろみがついてきましたね」

「ここが大事なんです」

 ぐつぐつと小さく沸いたところで、溶き卵を細く流し入れる。

 ふわり。

 黄金色の卵が花びらのように広がった。

「すごい……」

 テオが思わず声を漏らす。

「火を止めるのが少し早いくらいが、卵が柔らかく仕上がるんです」

 最後に刻んだ青ねぎを散らす。

 湯気の向こうで、鮮やかな緑が揺れた。

「出来ました」

 炊きたてのご飯を木の器によそい、熱々の卵あんをたっぷりとかける。

 黄金色の餡が艶やかに流れ落ち、湯気と一緒に優しい香りが広がった。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 テオは木のスプーンを手に取り、恐る恐る口へ運ぶ。

 ふうっと息を吹きかけ、一口。

 とろり。

 優しい餡が舌を包み込み、ふわふわの卵がほどける。

 野菜の甘みとブイヨンの旨味が、ご飯一粒一粒に絡みついていた。

「……美味しい」

 思わず漏れた一言だった。

 テオはもう一口、さらにもう一口と止まらなくなる。

「卵料理なのに、とても贅沢ですね」

「卵が新鮮だからですよ」

「この、とろみも不思議です」

「コーンスターチで作ったんです」

「コーンスターチ?」

 スプーンを口に運ぶ手が止まる。

「デントコーンを砕いて粉末にしました」

「デントコーンですか......なるほど……面白いですね」

 テオは感心したように何度も頷いた。

 ヴェダーたちも小皿を抱え、夢中で卵あんを頬張っている。

「ヴェダー!」

 シマエナガも器を覗き込み、「ジュリッ」と嬉しそうに鳴いた。

 窓の外ではチョボたちがのんびりと土をつついている。

 初夏の風が椎木の葉を揺らし、木漏れ日が食堂へ差し込んだ。

「爽子さん」

「はい?」

「ここへ来ると、料理だけじゃなくて……心まで温かくなります」

 その言葉に、私は少し照れながら笑った。

「それなら、この店を始めた甲斐がありました」

 テオも穏やかに微笑み、器の最後に残った卵あんをすくい取って、名残惜しそうに味わうのだった。