異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

茶色のヴェダーが生み出すペレットの効果は、私の想像を遥かに超えていた。

 テオに教わった通り、細かく砕いて畑へ少しずつ混ぜていく。

 撒き過ぎはよくない。

 土の様子を見ながら、少しずつ。

 少しずつ。

 それから二週間ほど経った頃だった。

「わぁ……」

 思わず声が漏れる。

 畑いっぱいに実ったトマトが、朝日に照らされて宝石のように輝いていた。

 まるで磨き上げたルビー。

 つやつやとした赤い実が葉の間から顔を覗かせている。

 一つ手に取り、そっと鼻を近付ける。

 完熟した甘い香り。

 それでいて、トマトらしい爽やかな青い香りもしっかり残っていた。

「いい匂い、いただきます」

 一口かじる。

 ぷちっ。

 皮が弾けた瞬間、甘い果汁が口いっぱいに広がる。

「甘い!」

 でも、それだけじゃない。

 後からトマトらしい爽やかな酸味と香りが追いかけてくる。

 味がぼやけていない。

「美味しい……」

 思わずもう一口。

 気付けば一個、その場で食べ切ってしまった。

「ヴェダー!」

 茶色いヴェダーが得意そうに胸を張る。

「あはは」

「あなたのおかげでもあるね」

「ヴェダー!」

 葉っぱをぶんぶん揺らして喜んでいる。

 その時だった。

「♪さわっこの畑で獲れたトマト♪」

「……え?」

 耳を疑った。

「♪まっかっかー♪」

「♪あまいよー♪」

 歌っている。

 畑いっぱいのトマトが、小さな声で歌っている。

「ええっ!?」

 思わず周りを見回す。

 ヴェダーたちは当たり前のように頷いていた。

「ヴェダー」

「知ってたの?」

「ヴェダー!」

 元気よく返事をする。

 どうやら植物が歌うのは、この子たちにとって普通らしい。

 シマエナガまで首を傾げながら聞き入っている。

「ジュリ」

 その日から。

 朝になると畑では可愛らしい歌声が聞こえるようになった。

「♪さわっこの畑で獲れたトマト♪」

「♪みんな食べてねー♪」

「♪おいしくなったよー♪」

 あまりにも楽しそうなので、私まで笑顔になってしまう。

◇◇◇


 収穫の日。

 真っ赤に熟れたトマトを籠いっぱいに詰め、トーカチーの市場へ運ぶ。

「今日はトマトも販売しまーす!」

 声を掛けると、市場の人たちが集まってきた。

「あら、爽子ちゃん」

「野菜も売るのかい?」

「はい!」

 籠から一つ取り出して見せる。

 つやつやと光る赤いトマトに、周囲から感嘆の声が上がった。

「綺麗な色だねぇ」

「本当だ」

「宝石みたいだ」

 一人のおばあさんが一つ買い、「いただきます」と呟き、その場でかじる。

 しゃくっ。

 しばらく噛んでから、目を丸くした。

「甘い!」

「でしょう?」

「でもちゃんとトマトの味がするよ!」

 その声を聞いた人たちが次々と手を伸ばす。

「私にも一つ!」

「こっちにも!」

 あっという間に人だかりができた。

 その頃。

 ヴェダー亭の畑にも、町の人たちが集まっていた。

「あれはなんだい?」

 一人のおじさんが、畑を不思議そうに覗き込んでいる。

 ちょうどその時も。

「♪さわっこの畑で獲れたトマト♪」

「♪まっかっかー♪」

 トマトたちは陽気に歌っていた。

「歌ってる……」

「畑が歌ってるぞ」

「初めて見た」

 みんな目をぱちくりさせている。

 私は少し照れながら笑った。

「ギルドのテオさんから教えてもらって、肥料を撒いたんです」

「肥料?」

「はい」

 詳しいことは私にも分からない。

 でも、茶色いヴェダーのペレットを土へ混ぜてから、畑は見違えるように元気になった。

 土はふかふかになり、野菜たちは生き生きと育つ。

「すごい肥料なんだねぇ」

「ええ」

 私は頷いた。

「きっと土が喜んでくれたんだと思います」

 その足元では、茶色いヴェダーが少し照れくさそうに葉っぱを揺らしていた。

 もちろん、その秘密を知っているのは私とテオだけ。

 テオは「むやみに広めると大騒ぎになりますから」と笑っていた。

 私もその意見に賛成だった。

 茶色いヴェダーは、大切なヴェダー亭の家族。

 だから今日も、その小さな秘密を胸にしまいながら、私は真っ赤に実ったトマトを町の人へ手渡した。

「ありがとうございます!」

「また来ます!」

 笑顔で帰っていくお客さんを見送りながら、畑では今日も元気な歌声が風に乗って響いていた。

「♪さわっこの畑で獲れたトマト♪」

「♪また大きくなるよー♪」