異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

茶色いヴェダーが排泄したペレットは、茶褐色でカサカサしていた。

 ころころと丸く、小指の先ほどの大きさだ。

「これ、どうしよう……」

 私は箒とちりとりで集め、裏庭に置いてあったバケツへ入れていく。

 カラカラ。

 乾いた音がした。

 恐る恐る鼻を近づけてみる。

「……あれ?」

 嫌なアンモニア臭はない。

 代わりに、どこか嗅ぎ覚えのある匂いがした。

 肥料を混ぜた畑の土。

 雨上がりの黒土。

 そんな優しい土の香りだった。

「不思議」

 茶色いヴェダーは少し離れたところで、申し訳なさそうに葉っぱをしょんぼりと垂らしている。

「ヴェダー……」

「気にしなくていいよ」

 私はしゃがみ込み、頭の葉っぱをそっと撫でた。

「悪いことをしたわけじゃないもんね」

「ヴェダー」

 少しだけ元気を取り戻したように、小さく頷く。

 とはいえ、このまま裏庭へ積んでおくわけにもいかない。

「どうしたらいいんだろう」

 バケツを抱えたまま考え込む。

 燃やす?

 それとも回収のおじさんに頼む?

 でも、この世界にはゴミの分別なんてない。

 説明するのも難しそうだ。

「うーん……」

 ペレットの対処に途方に暮れながら、私はトマト畑へ向かった。

 赤く色づき始めた実を眺め、土の乾き具合を確かめる。

 テオに教わった通り、指で少し掘ってみる。

「今日はまだ水やりは大丈夫かな」

 そんなことを考えていると。

「爽子さん、おはようございます」

 背後から聞き慣れた声がした。

「……テオさん」

 振り向くと、籠を抱えたテオが歩いてくる。

 銀縁眼鏡が朝日にきらりと光った。

「おはようございます」

「おはようございます」

 テオは畑を見回し、にこりと笑う。

「トマト、順調ですね」

「テオさんのおかげです」

「私は少し助言しただけですよ」

 そう言って照れくさそうに笑う。

 その時だった。

 テオの視線が私の足元のバケツで止まる。

「あれは……何ですか?」

「あっ」

 私は慌ててバケツを持ち上げた。

「実はね」

 昨日現れた茶色いヴェダーのこと。

 残ったラーメンのスープを飲んでいたこと。

 そして今朝、この茶色いペレットを見つけたこと。

 一つずつ説明する。

 テオは真剣な表情で最後まで聞いていた。

「なるほど……」

 眼鏡を少し押し上げる。

「少し見せていただいても?」

「もちろん」

 バケツを差し出す。

 テオは一粒摘み上げ、指先でそっと潰した。

 ぱらり。

 乾いた粒が細かく崩れる。

「匂いも確認します」

 慎重に香りを確かめる。

 それから、今度は土を少し掘り、その上へ欠片を置いて考え込んだ。

「どうですか?」

 私は少し緊張しながら尋ねる。

 しばらく黙っていたテオだったが、不意に目を丸くした。

「これは……」

「えっ?」

「驚きました」

 テオはもう一度ペレットを手に取る。

「これ、肥料です」

「……へ?」

「しかも、かなり質のいい有機肥料だと思います」

「ええっ!?」

 思わず大きな声が出た。

「本当に?」

「ええ」

 テオは嬉しそうに頷いた。

「未熟な堆肥のような刺激臭がありませんし、十分に分解が進んでいます」

 さらに細かく砕いて指先で転がす。

「繊維も細かいですね」

「そんなことまで分かるんですか」

「農業ギルドですから」

 少しだけ胸を張る。

「これなら土へ混ぜても作物を傷める心配は少ないでしょう」

「じゃあ」

 私はバケツを見る。

「捨てなくていい?」

「むしろ捨てるのはもったいないですね」

「もったいない?」

「はい」

 テオは笑顔で頷いた。

「畑が喜びます」

 その言葉に、胸の中の重たいものがふっと軽くなった。

「よかったぁ」

 思わずその場にしゃがみ込む。

「また困ったことが増えたって思ってた」

「困ったことではありませんよ」

 テオは優しく言った。

「爽子さんのお店から出るものが、また次の命を育てるんです」

 私は茶色いペレットを見つめる。

 ラーメンの残りスープを飲んだ茶色いヴェダー。

 そのヴェダーが残したものが、今度は野菜を育てる。

「なんだか」

 思わず笑みがこぼれた。

「ぐるっと一周してるみたい」

「ええ」

 テオも畑を眺めながら微笑む。

「自然は、そういうものなんです」

 その時。

「ヴェダー!」

 当の茶色いヴェダーが、どこか得意げな顔で駆け寄ってきた。

 胸を張り、葉っぱをぴんと立てている。

「あはは」

 私はその小さな頭を優しく撫でた。

「あなた、とんでもない特技を持ってたんだね」

「ヴェダー!」

 茶色いヴェダーは嬉しそうに葉っぱを揺らし、朝日を浴びながら誇らしげに胸を張っていた。