異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

「いらっしゃいませ」

 振り向くと、雛菊の花束を抱えた青年が金色の髪を靡かせて立っていた。

「こんにちは。お店がオープンしたと聞いて」

「……あ、ありがとうございます」

 レオンは花束をそっと手渡した。

 白い雛菊が朝の光を浴びて、可憐に揺れている。

「あの時はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 私は花束を胸に抱き、自然と笑みがこぼれた。

 十勝の市場でスリに遭いかけた時、真っ先に駆け付けて助けてくれた青年。

 それがレオンだった。

「覚えていてくださったんですね」

「もちろんです」

 レオンは穏やかに微笑む。

「あれだけ慌てていた方を忘れるはずがありません」

「うぅ……」

 思い出すと少し恥ずかしい。

「あの時は本当に焦ってしまって」

「無事で何よりでした」

 その物腰は相変わらず柔らかい。

 言葉遣いにも無駄がなく、不思議と相手を安心させる。

「どうぞ、お席へ」

 雛菊の花束を窓際に飾る。

「ありがとうございます」

 レオンは椅子を引く前に店内を見回した。

「温かいお店ですね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 窓辺ではシマエナガが昼寝をしている。

 ヴェダーたちは入口からお客様を眺めていた。

「ヴェダー……」

 初めて見るお客様らしく、少しだけ警戒している。

 レオンはしゃがみ込み、七匹と目線を合わせた。

「こんにちは」

 静かな声だった。

 無理に触れようとはしない。

 ただ微笑みかける。

 ヴェダーたちは顔を見合わせる。

「ヴェダー?」

 一匹が恐る恐る近付く。

 レオンは手を差し出すこともせず、そのまま待っていた。

 やがてヴェダーが葉っぱでちょんとレオンの袖をつつく。

「ヴェダー」

 レオンは嬉しそうに笑った。

「仲良くしてくれてありがとう」

「ヴェダー!」

 その一言で安心したのか、七匹が一斉に集まってくる。

 葉っぱを揺らしながら足元を歩き回っていた。

「もう懐いちゃった」

 私は思わず笑う。

「人を見る目があるんですね」

 レオンは少し照れたように微笑んだ。

「それでは、おすすめをください」

「豚骨ラーメンですが、大丈夫ですか?」

 レオンは、初めて聞く言葉に不思議そうな顔をした。

「とんこつ?らーめん?」

「豚の骨を煮込んだスープのパスタのようなものです」

「豚の骨……捨てるものですよね……食べられるのですか?」

 その声はわずかに震えている。

「はい!一度食べてみてください!」

 レオンはゴクリと息を呑んだ。

「分かりました、それをください」

 彼は意を決したように私の目を見た。

「はい!」

 私は厨房へ戻る。

 寸胴鍋から白いスープを丼へ注ぐ。

 茹でたての卵麺。

 チャーシュー。

 刻みねぎ。

 一つ一つ丁寧に盛り付ける。

「お待たせしました」

 湯気の立つ丼を運ぶ。

 レオンは目を細めた。

「これがラーメン……」

「熱いので気を付けてくださいね」

「ありがとうございます」

 まずは、スプーンでスープを一口。

 ゆっくりと味わう。

 その所作まで美しかった。

「……美味しい」

 大げさではない。

 静かに、心から漏れたような一言だった。

「優しい味ですね」

 もう一口。

「豚の旨味が豊かですが、不思議と重くありません」

 今度はフォークで麺を持ち上げる。

 湯気を逃がすように少し待ち、口へ運ぶ。

 ずるっ。

 音まで控えめだ。

「この麺がまた素晴らしい」

 噛むたびにゆっくり頷く。

「弾力がありますね」

「手打ちなんです」

「そうでしたか」

 感心したように微笑む。

「この麺だからこそ、このスープが生きるのでしょうね」

 チャーシューを一枚。

 口へ入れる。

 しばらく味わってから、小さく息をついた。

「料理というものは」

 レオンは丼を見つめながら言った。

「作る人の心が表れるのですね」

「え?」

「丁寧に作られたことが伝わってきます」

 私は少し照れてしまう。

「ありがとうございます」

「一杯の料理で、こんなに温かい気持ちになったのは久しぶりです」

 店内には穏やかな時間が流れていた。

 窓から入る風が雛菊の花束を揺らす。

 シマエナガは「ジュリ」と小さく鳴き、ヴェダーたちはレオンの椅子の周りで楽しそうに遊んでいた。

 やがてレオンは最後の一滴までスープを飲み干し、静かに丼を置く。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました」

「また必ず伺います」

 そう言って立ち上がる。

 その時だった。

 店の外で馬車が止まる音がした。