異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

テオと肉屋のご主人の口コミもあって、ヴェダー亭の前には連日行列ができた。

 ラーメンは一日、三十五杯限定。

「同じテーブルでもいいですか?」

「いいよ」

 十二席しかない小さな店内は、昼前には満席になってしまう。

 そこには窯じいの姿もあった。

 湯気の立つ豚骨スープの香りが店いっぱいに広がり、茹で上がる麺の湯気と混ざり合って食欲を誘っていた。

「爽子さん! こっち、おかわりってできるかい?」

「今日は麺がなくなっちゃうのでごめんなさい!」

「そうかぁ! じゃあ大盛りにすればよかった!」

 店中に笑い声が広がる。

 見知らぬ人同士が自然と相席になり、ラーメンを食べながら会話を楽しんでいた。

「兄ちゃん、初めてか?」

「はい。肉屋さんに勧められて」

「驚くぞ」

「そんなにですか?」

「まずはスープから飲め」

「いやいや、麺からだろ」

「違う違う。最初はスープだ」

 いつの間にか常連らしいお客さんが、初めて来た人へ食べ方を教えている。

 厨房からその様子を見て、私は思わず笑ってしまった。

「ヴェダー!」

 七匹のヴェダーも大忙しだ。

 一匹は水差しを運び。

 一匹は空いたどんぶりを下げ。

 二匹はテーブルを拭き。

 残りの三匹は「いらっしゃいませ」と言わんばかりに入口でぴょこぴょこ頭を下げている。

「おお、かわいいな!」

「ヴェダー!」

 ヴェダーは褒められると葉っぱをぴんと立てて得意顔になる。

 窓辺では大きなシマエナガが気持ちよさそうに羽を整えていた。

「おい、見ろよ」

「あれ、本当に森の妖精なのか?」

「噂は本当だったんだ」

「ジュリ」

 視線に気付くと、小さく鳴いて首を傾げる。

「可愛い……」

 若い女性客が思わず頬を緩めた。

「でも逃げないのね」

「店主さんが助けたらしいよ」

「へぇ……」

 店へ入った時は半信半疑だったお客さんも、ラーメンと森の妖精の両方を見て感心して帰っていく。

 私は寸胴鍋の蓋を開ける。

 白い湯気がぶわっと立ち昇る。

 豚骨の甘い香り。

 丼へスープを注ぎ、茹でたての麺を入れる。

 チャーシューを二枚。

 刻みねぎを散らす。

「ラーメン、お待たせしました!」

「待ってました!」

 受け取った若い男性が、すぐにスープを一口飲む。

「……うまっ」

 思わず漏れた一言に、向かいの初老の男性が笑った。

「だろ?」

「こんな料理、生まれて初めて食べました」

「最初はみんなそう言うんだ」

 その隣では奥さん同士が話している。

「このチャーシュー、柔らかいねぇ」

「口の中でほどけるわ」

「家でも作れないかしら」

「この味は無理だねぇ」

 二人で顔を見合わせて笑っていた。

「店主さん!」

「はい!」

「スープまで全部飲んじゃった!」

 空になった丼を嬉しそうに掲げる青年。

「また来ます!」

「ありがとうございます!」

 自然と声にも力が入る。

 忙しい。

 本当に忙しい。

 でも、不思議と疲れは感じなかった。

 麺を茹でて。

 スープを注いで。

 チャーシューを盛り付けて。

 お客さんの「美味しい」を聞く。

 その繰り返しが嬉しくてたまらない。

「爽子さん!」

 入口からテオが顔を覗かせた。

「今日も満席ですね」

「おかげさまで!」

「外、五人くらい並んでますよ」

「えっ?」

 思わず入口から外を見る。

 本当だった。

 店の前には順番を待つ人たちが笑いながら列を作っている。

 その列の最後尾で、肉屋のご主人が大きな声を張り上げていた。

「豚骨スープは絶対飲めよ!」

「チャーシューも残すなよ!」

 すっかり宣伝係になっている。

 思わず吹き出してしまう。

 ご主人も私に気付き、大きく手を振った。

「爽子さん! 今日は豚肉、追加で持ってきたぞ!」

「ありがとうございます!」

「足りなくなると思ってな!」

 本当にありがたい。

 テオも苦笑しながら肩をすくめた。

「町中で噂ですよ」

「え?」

「『ヴェダー亭に行かないと人生損をする』って」

「そんな大げさな」

 私は照れ笑いする。

 でも店内を見回すと、どの席にも笑顔があった。

 誰かが笑えば、隣の席も笑う。

 初対面同士なのに話が弾み、ラーメンをきっかけに新しい縁が生まれていく。

 その光景を眺めながら、私は胸の奥でそっと呟いた。

(熊ちゃん……)

 現代日本で二人で営んでいたラーメンヴェダー亭。

 あの頃と同じように。

 いや、それ以上に。

 今、この店はたくさんの人の笑顔で満ちていた。