異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

焼き上がった丼を抱えたまま、私は工房の中を見回した。

 登り窯の前には大小さまざまな器が並び、どれも職人の手仕事らしい温もりが感じられる。

「……でも、これだけじゃ足りないな」

 思わず本音が口から漏れた。

 ラーメンは一人分だけ作る料理じゃない。

 お客様が来れば、その人数分の丼が必要になる。

 ヴェダーたちの分も欲しいし、いつか店が忙しくなれば十個、二十個と揃えなくてはいけない。

 私が一つ一つ形を作っていては、とても間に合わない。

 老人――窯じいは、私の顔を見てニヤリと笑った。

「困っとる顔だな」

「わかります?」

「長く焼き物をやっとりゃ、そのくらいはな」

 私は焼き上がった丼を撫でながら、小さく笑う。

「実は、お店で使いたいんです」

「ほう」

「あと十個……できれば二十個くらい欲しくて」

 窯じいは顎髭を撫でる。

「同じ形を揃えたいのか」

「はい」

 私は頷いた。

「この器が気に入りました」

 窯じいは丼を受け取ると、くるりと回して眺めた。

「なるほど」

 口縁の厚み。

 深さ。

 底の丸み。

 一つ一つ指先で確かめていく。

「これなら作れる」

「本当ですか!」

「わしを誰だと思っとる」

 胸をどん、と叩く。

「五十年以上、この窯を守っとるんだ」

「すごい……」

「同じ形で十個でも二十個でも焼いてやる」

 私は思わず顔を輝かせた。

「お願いします!」

「ただし」

 窯じいは人差し指を立てる。

「一つ条件がある」

「条件?」

「その……らーめんという料理を食わせてくれ」

 私は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。

「あははっ」

「笑うな」

 窯じいも照れくさそうに鼻を鳴らす。

「器は料理を盛って初めて完成する。どんな料理が入るのか、この目で見てみたいんだ」

 その言葉が嬉しかった。

 料理人の私が料理に誇りを持つように、この人は器に誇りを持っている。

「もちろんです」

 私は力強く頷く。

「完成したら、一番最初に食べてもらいます」

「約束だぞ」

「はい」

 窯じいは満足そうに笑った。

「じゃあ、明日から土を用意しておく」

「ありがとうございます」

「色はどうする?」

「この焼き色が好きです」

「飾りはいらんのか」

「はい」

 私は焼き上がった丼を抱き締める。

「料理が主役ですから」

 その一言に、窯じいはしばらく黙っていた。

 やがて、小さく笑う。

「気に入った」

「え?」

「お嬢ちゃん、料理人向きだ」

 私は少し照れながら頭を掻いた。

「ありがとうございます」

 ヴェダーたちも事情が分かったらしく、嬉しそうに葉っぱを揺らす。

「ヴェダー!」

「これで、お店のみんなの分ができるね」

「ヴェダー!」

 七匹はその場をくるくると回り始めた。

 私は出来上がった一つ目の丼を大事に抱え、工房を後にする。

 その後ろでは、窯じいがもう新しい粘土をこね始めていた。

 ごつごつした大きな手が土を練る音を聞きながら、私は思わず微笑む。

 ヴェダー亭のラーメンは、たくさんの人の力で少しずつ形になっていく。

 そう思うと、胸の奥がぽかぽかと温かくなった。