異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

「すみません、こんにちは」

 市場から少し離れた森の中に、その陶芸窯はあった。

 薄暗い茅葺き屋根の工房。

 中はムワッと熱気がこもり、薪の燃える匂いと土の香りが混ざり合っている。

「こんにちはー」

 私がもう一度声を掛ける。

 籠の中には、あとは焼くだけの粘土の丼が三つ。

 布を掛けて大事に運んできた。

「はいよ、なんだね……お嬢ちゃん」

 工房の奥から、煤にまみれた顔を麻布で拭きながら高齢の男性が姿を現した。

 白髪交じりの髭。

 太い腕。

 年齢を感じさせる皺だらけの顔なのに、その目だけは職人らしく鋭い。

「焼き物をお願いしたくて」

「ほう」

 老人は私の籠を覗き込む。

「見せてみな」

「はい」

 布をめくる。

 三つの丼が姿を現した。

 老人は一つを手に取る。

 くるり。

 くるり。

 光へかざしながら眺める。

「ふむ」

 底を軽く叩く。

「悪くない」

「本当ですか?」

「初めてにしちゃ上出来だ......面白い形だな......」

 その一言だけで胸が熱くなる。

「ありがとうございます」

「ただな」

 老人は縁を指でなぞる。

「少し厚い」

「あっ……」

「まあ、丼ならこれくらいでも丈夫でいいか」

 再び頷く。

「誰に教わった?」

「独学です」

「独学?」

 老人は目を丸くした。

「本を読んだわけでも?」

「はい」

「ほぉ……」

 感心したように鼻を鳴らす。

「面白い娘だ」

 工房の隅では、大きな登り窯が赤く燃えていた。

 薪が爆ぜる音が響く。

 ごう、ごうと熱気が流れ出し、顔が少し熱くなる。

「焼くなら今がちょうどいい」

 老人は窯の扉を開いた。

 真っ赤な炎がゆらりと揺れる。

「うわぁ……」

 思わず息を呑む。

 まるで火の中へ覗き込んでいるみたいだった。

「......乾燥は十分だな」

 老人は私の丼を軽く叩きながら確認する。

「割れもない」

「お願いします」

「任せときな」

 長い火箸を使い、一つずつ窯へ並べていく。

 他にも皿や壺、大きな甕が焼かれていた。

 その隙間へ、私の丼が静かに収まる。

 扉が閉まる。

 ゴウン。

 重たい音とともに炎が見えなくなった。

「焼き上がるまで少しかかる」

「待っていてもいいですか?」

「好きにしな」

 私は工房の隅にある木の椅子へ座った。

 ヴェダーたちは興味津々で工房を歩き回っている。

「ヴェダー」

 一匹がろくろを見つけた。

 くるっ。

 手で回す。

 すると他のヴェダーも集まり、七匹で交代しながら回し始めた。

「ヴェダー!」

「ヴェダー!」

「壊すなよー」

 老人が笑う。

「元気な連中だな」

「私の家族みたいなものです」

「そうか」

 老人は薪をくべながら頷いた。

「工房っていいですね」

「毎日暑いぞ」

「でも楽しそうです」

「土は面白い」

 炎を見つめたまま老人は言う。

「思った通りになる日もあるし、全部割れる日もある」

「全部……」

「火は気まぐれだからな」

 少し笑う。

「だから焼き物は飽きん」

 その言葉を聞きながら、私は窯の炎を眺めていた。

 料理と少し似ている。

 同じ材料でも、火加減一つで味が変わる。

 だから面白い。

 それからしばらくして。

「よし」

 老人が窯を覗き込む。

「焼けたな」

 ゆっくり扉を開く。

 まだ熱気は残っているけれど、炎は落ち着いていた。

 火箸で一つずつ器を取り出す。

 私も思わず立ち上がる。

「……!」

 思わず息を呑んだ。

 に焼き上がった丼。

 ほんの少しだけ灰がかかり、自然な模様になっている。

 表面はざらざらとして味わい深く、口縁は柔らかく丸い。

「これ……」

「ヒビも入っていないな......明日、取りにおいで」


◇◇◇


 恐る恐る両手で受け取る。

 まだ少し温かい。

 手のひらへじんわり熱が伝わる。

「綺麗……」

 自分で形を作った器が、本物の焼き物になっていた。

 嬉しくて、何度も角度を変えて眺める。

 老人は満足そうに笑った。

「初めてなら十分だ」

「ありがとうございます!」

 私は深々と頭を下げた。

「この器で何を食べるんだ?」

 老人が尋ねる。

 私は大事そうに丼を抱えながら笑う。

「ラーメンです」

「らーめん?」

「麺料理なんです」

「ほう、うまそうだな」

 老人は首を傾げる。

「その器が料理を引き立ててくれるといいな」

「きっと引き立ててくれます」

 私は焼き上がった丼をそっと撫でた。

 卵麺。

 豚骨スープ。

 チャーシュー。

 そして、この丼。

 ようやく全部が揃った。

 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 ヴェダーたちも焼き上がった丼を見上げて、嬉しそうに葉っぱを揺らした。

「ヴェダー!」

 その声を聞きながら私は思った。

 今夜こそ、本当の意味で――ヴェダー亭最初の一杯が完成する。