異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

豚肩ロースの塊肉に、煮崩れしないようにタコ糸を巻いてゆく。

 指先に触れる生々しい感触。

 まだ少しだけ残る肉の温もりが、じんわりと伝わってきた。

 等間隔になるように一本。

 また一本。

 きつ過ぎず、緩過ぎず。

 ぐるりと巻いて結び目を作る。

「ヴェ?」

 振り向くと、ヴェダーがタコ糸の切れ端を両手で持ち、楽しそうに床を走り回っていた。

 その後ろを別のヴェダーが追いかける。

「ヴェダー!」

「ヴェダー!」

 気付けば七匹全員が一本の糸を引っ張り合い、大騒ぎになっている。

「ヴェダー、気をつけてね」

「ヴェダー!」

 返事だけは元気だ。

 その姿を微笑ましく眺めながら、最後の結び目を作る。

 余った糸をハサミで切る。

「よし」

 きれいに巻けた。

 丸々とした豚肩ロースは、これで煮崩れしにくくなる。

 次は焼き色を付ける。

 大きなフライパンを窯へ掛ける。

 豚の脂を少しだけ落とすと、じゅわっと溶け始めた。

 十分に温まったところで肉を置く。

 ジュウウウッ。

 豪快な音が厨房へ響く。

「わぁ」

 香ばしい匂いが一気に広がった。

 肉を動かさず、じっくり待つ。

 焦らない。

 焼き色はご馳走だから。

 頃合いを見てひっくり返す。

 こんがりと狐色になっていた。

「いい色」

 側面も、反対側も。

 全面に香ばしい焼き色を付けていく。

 ヴェダーたちは焼ける音に興味津々だ。

 フライパンを囲んで背伸びしている。

「熱いから近付き過ぎないでね」

「ヴェダー」

 素直に一歩下がる。

 でも目だけは肉へ釘付けだった。

 焼き上がった肉を鍋へ移す。

 長ねぎの青い部分。

 皮付きの生姜。

 にんにくを丸ごと。

 そこへ醤油をたっぷり。

 酒の代わりに、この世界で手に入る果実酒を少し。

 甘みには蜂蜜を加える。

 最後に水を注ぎ、落とし蓋を乗せた。

 ことこと。

 ことこと。

 静かな音が店内へ流れ始める。

 醤油の香ばしい香りに、生姜の爽やかな匂い。

 にんにくの食欲を誘う香り。

 豚肉の旨味。

 全部が少しずつ溶け合っていく。

「いい匂い」

 私は木杓子で煮汁をすくい、肉へ回しかける。

 艶が少しずつ増してきた。

 ヴェダーたちも鍋の周りへ集まる。

「ヴェダー」

 鼻をひくひくさせている。

「まだですよ」

「ヴェ……」

 少しだけ残念そうだ。

 それから一時間ほど。

 煮汁は半分ほどになり、照りが出てきた。

 箸を刺してみる。

 すっと通る。

「柔らかい」

 私は火を止めた。

 肉をまな板へ移す。

 少しだけ休ませてから、包丁を入れる。

 すっ。

 驚くほど軽く刃が入った。

 切り口はほんのり桜色を残し、肉汁がじんわりと滲み出る。

「成功かな」

 一枚切り分ける。

 さらに食べやすい大きさへ。

「熱いから気を付けてね」

 小皿へ取り分け、ふうふうと息を吹きかける。

「はい、どうぞ」

「ヴェダー!」

 七匹が一斉に集まってきた。

 一匹がおそるおそる口へ運ぶ。

 もぐ。

 もぐもぐ。

 その瞬間。

「ヴェダーーーッ!」

 葉っぱがぴんっと真上へ伸びた。

 他のヴェダーたちも慌てて食べ始める。

「ヴェダー!」

「ヴェダー!」

 夢中でもぐもぐと頬張り、小さな体を左右へ揺らしている。

「そんなに美味しい?」

「ヴェダー!」

 全員が勢いよく頷いた。

 私も一枚口へ運ぶ。

 はふっ。

 柔らかな肉が、ほろりとほどける。

 噛むたびに醤油の香ばしさと豚の甘い脂が広がり、生姜とにんにくが後味を引き締めてくれる。

「うん!」

 思わず声が出た。

「これは美味しい」

 煮汁もしっかり中まで染み込んでいる。

 そのままでも十分美味しい。

 けれど、白いご飯に乗せても美味しいだろう。

 そして何より――。

 あの豚骨ラーメンに、このチャーシューを乗せた姿が頭に浮かぶ。

 白い豚骨スープ。

 黄金色の卵麺。

 刻みねぎ。

 そして艶やかなチャーシュー。

 私は思わず口元を緩めた。

「これで、ヴェダー亭の豚骨ラーメンが完成するね」

「ヴェダー!」

 嬉しそうに葉っぱを揺らす七匹の声が、夕暮れの厨房に元気よく響いた。