異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

テオは二杯目の豚骨ラーメンを最後の一滴まで平らげ、満足そうに腹を撫でた。

 ふぅ、と長く息を吐く。

 その拍子に。

「……ぷっ」

 小さくゲップが漏れた。

 本人もすぐに気付いたらしい。

「し……失礼」

 耳まで真っ赤に染め、慌てて口元を押さえる。

 その姿があまりにも真面目で、私は思わず笑ってしまった。

「ふふ、大丈夫ですよ」

「申し訳ありません」

 何度も頭を下げる。

 私は空になった器を見ながら尋ねた。

「美味しかったですか?」

 七匹のヴェダーたちも一斉に身を乗り出した。

「ヴェダー?」

 葉っぱをぴんと立て、期待に満ちた目でテオを見つめている。

 シマエナガまで窓辺から「ジュリ」と小さく鳴いた。

 店中の視線がテオへ集まる。

 テオは少し照れたように眼鏡を押し上げた。

「はい……」

 ゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。

「もちもちした麺に、この白いスープがよく絡みます」

 器を見つめながら続けた。

「最初は濃厚なのに、不思議と重くありません」

「はい」

「口へ入れた瞬間は豚の旨味がしっかり広がるのですが、後味はとても優しい」

 私は黙って頷く。

「それに、この麺です」

 フォークで一本持ち上げる仕草をする。

「噛むほど甘みがあります」

「小麦の甘みですね」

「ええ」

 テオは嬉しそうに頷いた。

「この麺だけでも十分美味しいのに、スープと一緒になると全く別の料理になります」

 少し考え込む。

 言葉を探しているようだった。

「……なんと言えばいいのでしょう」

 銀縁眼鏡の奥の目が細くなる。

「まるで、一つの料理がお互いを引き立て合っているようです」

 私は胸の奥がじんわりと温かくなった。

 ラーメンをそんなふうに表現してもらえたのは初めてだった。

 テオはさらにスープの余韻を思い出すように目を閉じる。

「骨から、こんな味が生まれるなんて想像もしていませんでした」

「ですよね」

「最初は骨を煮ると聞いて驚きました」

 少し苦笑する。

「正直に申し上げますと、少し怖かったです」

「あはは」

 私は笑い声を漏らした。

「顔に書いてありましたよ」

「やはりそうでしたか」

 照れ笑いを浮かべる。

「ですが、一口飲んで驚きました」

 テオは空になった器を両手で持ち上げた。

「濃厚なのに臭みがなく、旨味だけが何層にも重なっています」

「何層にも……」

「はい」

 その表現がしっくりきたのだろう。

「最初に豚の甘みを感じて、その後から骨の深いコクが追いかけてくる」

 少し間を置いて続ける。

「最後には口いっぱいに幸せな気持ちだけが残ります」

 私は照れくさくなって頭を掻いた。

「そんなに褒めても何も出ませんよ」

「褒めているのではありません」

 テオは真っ直ぐ私を見る。

「本当に感動しました」

 その一言には飾りがなかった。

 心からそう思っているのが伝わってくる。

「私は今まで、食事はお腹を満たすものだと思っていました」

 静かな口調で続ける。

「ですが、このラーメンは違います」

 ヴェダーたちも静かに耳を傾けている。

「食べている間、ずっと幸せでした」

 その言葉に、私は何も返せなかった。

 料理人にとって、それ以上嬉しい言葉はない。

 テオは深々と頭を下げる。

「ご馳走さまでした」

「こちらこそ」

 私も自然と頭を下げていた。

「食べてくださって、ありがとうございました」

 窓から初夏の風が吹き込み、ヴェダーたちの葉っぱが一斉に揺れる。

「ヴェダー!」

 嬉しそうなその声を聞きながら、私は心の中で小さく呟いた。

 ――よかった。

 異世界で初めて作ったラーメンは、ちゃんと誰かを笑顔にすることができた。