異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

「おはよう、ヴェダー」

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、新しい朝を告げる。

 眩しさに目を細めながら大きく背伸びをする。

「んーっ」

 すると七匹のヴェダーたちも、一斉に葉っぱを揺らしながら短い手を天井へ向かって伸ばした。

「ヴェダー!」

 その姿がおかしくて、思わず笑ってしまう。

 ヴェダーは本当に真似をするのが好きだ。

 私が欠伸をすれば欠伸をする。

 腕を組めば腕を組む。

 首を傾げれば、七匹揃って同じ角度に首を傾げる。

「今日も元気だね」

「ヴェダー!」

 元気な返事が返ってきた。

 顔を洗おうと井戸へ向かう。

 桶へ冷たい水を汲み、ぱしゃりと顔へかける。

「気持ちいい」

 初夏の朝の水は少し冷たくて心地いい。

「ヒィ……」

 今日も井戸の精霊が小さく鳴いた。

「おはよう」

 声を掛けると、「ヒ……」と照れたような返事が返ってくる。

 その横ではヴェダーたちが桶を覗き込み、一匹が勢いよく飛び込んだ。

「ヴェダー!」

 ぷかぷか。

 葉っぱだけ水面から出して気持ちよさそうに浮いている。

 それを見た他のヴェダーも次々に飛び込んでいった。

「朝風呂なの?」

「ヴェダー!」

 楽しそうだから、まあいいか。

 私は笑いながらタオルで顔を拭いた。

 部屋へ戻り、パジャマから青いワンピースへ着替える。

 その上からお気に入りの青いエプロンを身につけた。

 鏡の前へ立つ。

 口角を少し上げて笑顔を作る。

 そして。

 ぺちん。

 ぺちん。

 ぺちん。

 頬を三回叩く。

「よし」

 いつもの儀式。

 これをすると不思議と今日も頑張ろうという気持ちになる。

 最初に向かったのは鶏小屋だった。

「おはよう、チョボ」

「コケッ」

 チョボが元気よく返事をする。

 他の三羽も首を傾げながら近寄ってきた。

 藁の中を覗く。

「わぁ」

 四個の白い卵が並んでいる。

 木漏れ日を受けて、つやつやと輝いていた。

 一つ手に取る。

「温かい」

 まだ産みたてだ。

 掌へ命の温もりがじんわり伝わってくる。

「ありがとう」

 自然と頭が下がる。

「いただきます」

 そう小さく呟いて、卵を大事にエプロンへ包み込んだ。

 厨房へ戻る。

 窯へ薪を入れ、種火をつける。

 ぱちっ。

 ぱちぱち。

 火が育っていく音は、何度聞いても心が落ち着く。

 フライパンを火へ掛ける。

 その間にボウルへ卵を割り入れた。

 殻が入らないよう慎重に。

 砂糖を少し。

 塩をひとつまみ。

 菜箸で優しく混ぜ合わせる。

 黄色い卵がふわりと泡立つ。

 保冷箱から取り出したバターをひとかけら。

 フライパンへ落とす。

 ジュワッ。

 甘くてまろやかな香りが一気に厨房へ広がった。

「いい匂い」

 卵液を流し込む。

 木べらで大きく混ぜる。

 火を入れ過ぎないように。

 半熟のまま、ふわっと。

 最後はお皿へ盛り付ける。

 黄色いスクランブルエッグ。

 焼きたてのビール酵母パン。

 庭で採れた真っ赤なトマトを刻み、バジルを一枚添える。

 それだけで食卓が明るくなった。

 ヴェダーたちの小さなお皿にも取り分ける。

「はい、どうぞ」

「ヴェダー!」

 みんな嬉しそうに椅子へよじ登った。

 私も席へ着く。

「いただきます」

 手を合わせる。

 異世界へ来る前は、何気なく言っていた言葉だった。

 でも今は違う。

 チョボが産んでくれた卵。

 育てたトマト。

 パンになる小麦。

 井戸の水。

 全部が誰かの命で、自然の恵みだ。

 その命を身体へいただく。

 だから「いただきます」。

 そう思うようになってから、この言葉がとても大切になった。

「美味しいね」

「ヴェダー」

 ヴェダーはほっぺへスクランブルエッグをつけたまま、嬉しそうに葉っぱを左右へ揺らしている。

 一匹はパンを両手で抱え込み、夢中でかじっていた。

 シマエナガも窓辺から「ジュリッ」と鳴いて朝の挨拶をしてくれる。

 穏やかな朝だった。

 朝食を終えると、私は食器を洗い、店内を掃除する。

 テーブルを拭き、窓を開け放つと、初夏の風が気持ちよく吹き抜けた。

 裏庭ではヴェダーたちが畑へ水やりをし、チョボたちは虫を追いかけて庭を歩き回っている。

 私は時々トマトの様子を見に行き、土へそっと指を入れて乾き具合を確かめた。

「今日はまだ大丈夫ね」

 テオに教わった通り、水は我慢する。

 昼になるとパンを焼き、翌日の仕込みを進める。

 午後は出来上がった豚骨スープの味をもう一度確かめ、昨日打った麺を布から取り出して軽くほぐした。

 夕暮れには看板へ明かりを灯し、厨房を片付ける。

 窓の外は少しずつ茜色から藍色へ変わっていった。

 ランプへ火を灯す。

 橙色の灯りが厨房を優しく照らした。

 寸胴鍋の蓋を開けると、昨日炊き上げた豚骨スープが白く輝いている。

 隣には、丹精込めて打った黄色い卵麺。

 私は思わず笑みを浮かべた。

「今夜はいよいよね」

 昨日完成した麺。

 昨日炊き上げた豚骨スープ。

 この二つを合わせて、ヴェダー亭最初の一杯。

 濃厚な豚骨ラーメンを作ろう。