異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜

「この子たちは元気でおとなしいよ」

 私は市場で買ってきた籠をそっと地面へ降ろした。

 中には二羽の雌鶏と、一羽の雄鶏。

 どの子も羽艶がよく、目がくりくりしている。

 市場では元気いっぱい鳴いていたけれど、見慣れない場所へ来たせいか、今は少し緊張しているようだった。

「さあ、新しいお家だよ」

 籠の扉を開ける。

 一羽の雌鶏が恐る恐る顔を出した。

 コッ……。

 周りを見回す。

 続いてもう一羽。

 最後に胸を張った雄鶏がゆっくり外へ出てきた。

「コケコッコー!」

 元気よく一声鳴く。

 まるで「ここは俺に任せろ」と言っているみたいだった。

 三羽は辺りを歩き回り、地面をつつき始める。

 柔らかな土を足で掻き、虫でも探しているのだろう。

「気に入ってくれたかな」

 私は胸を撫で下ろした。

 手作りの鶏小屋を受け入れてもらえたようで嬉しい。

「チョボ、お友だちだよ」

 私はチョボを抱き上げる。

「仲良くしてあげてね」

「コケッ」

 返事をしたように鳴く。

 そっと鶏小屋へ入れると、チョボはぴたりと動きを止めた。

 新しい仲間を見つめる。

 三羽もチョボを見つめる。

 一瞬だけ静かな時間が流れた。

「け、喧嘩しないでね……」

 私は少し緊張する。

 すると。

 雌鶏が一歩近付いた。

 チョボも一歩近付く。

 お互いに首を傾げる。

 コッ。

 コッ。

 小さく鳴き合ったかと思うと、そのまま何事もなかったように一緒に地面をつつき始めた。

 雄鶏もその後ろを堂々と歩いている。

「良かったぁ」

 思わず肩の力が抜ける。

 これでチョボも寂しくない。

 朝から仲間と一緒に遊べる。

 卵も少しずつ増えるだろう。

 食堂酒場の夢もまた一歩前へ進んだ。

「ヴェダー」

 後ろから小さな声が聞こえる。

 振り返ると、五匹のヴェダーたちが金網へぺたっと張り付いていた。

 じーっ。

 食い入るように鶏たちを見つめている。

 丸い身体が金網へ押し付けられ、網目模様がそのまま身体に写っていた。

「……」

 何とも言えない顔。

 いや。

 顔なのか身体なのか、よく分からないけれど。

 毬藻みたいな丸い身体へ金網の跡がくっきり残っている。

「うふふ……」

 私は思わず吹き出した。

「そんなに近くで見なくても逃げないよ」

「ヴェダー」

 返事をしながらも離れない。

 どうやら鶏が珍しいらしい。

 チョボも不思議そうにヴェダーを見つめ返していた。

 その光景が何とも平和で、心がぽかぽかしてくる。

「さて」

 私はエプロンを払った。

「今日は薪を拾いに行こう」

 パンも。

 ピザも。

 スープも。

 窯を使うには薪が欠かせない。

 買うこともできるけれど、店の裏には森が広がっている。

 落ち枝を拾えば十分だ。

「行こうか」

「ヴェダー!」

 五匹が元気よく飛び跳ねた。



 ◇◇◇



 店の裏手には白樺の森が広がっている。

 爽やかな風が吹き抜け、木漏れ日が地面へ揺れていた。

 けれど森は森だ。

 熊だって出る。

 角うさぎだけとは限らない。

「念のため」

 私は物置からカウベルを取り出した。

 革紐を腰へ結ぶ。

 歩くたびに。

 カラン。

 コロン。

 優しい音が響く。

「これなら熊も逃げてくれるかな」

 続いて古い木製の台車を引っ張り出す。

 車輪は少し軋むけれど、まだ十分使えそうだった。

 麻縄をしっかり結ぶ。

 ぐいっと引っ張る。

「よし」

 準備完了。

 私は腰丈まで伸びた蕗をかき分けながら森へ入った。

 サワサワ。

 葉が腕へ触れる。

 少しひんやりして気持ちいい。

 後ろから小さな足音が続く。

 トコトコ。

 チョコチョコ。

 振り返る。

 五匹のヴェダーたちが、一生懸命短い手足を動かして付いてきていた。

 台車の轍に沿って歩く姿は、まるで小学生の遠足みたいだ。

「ふふっ」

 私は笑う。

「今日はピクニックじゃないよ」

「ヴェダー!」

 元気いっぱい返事をする。

 どう見ても遊びに来た気分らしい。

 私は辺りを見回す。

 熊の気配はない。

 害獣の足跡も見当たらない。

「大丈夫そうね」

 地面へ落ちている枝を一本拾う。

 乾いて軽い。

 窯にはちょうどいい。

 台車へ積む。

 ヴェダーたちも真似を始めた。

「ヴェッ」

 一本持ち上げる。

 枝の方が身体より長い。

 ふらふら。

 よろよろ。

 みんなで一本運んでいる。

「がんばれ」

 思わず応援する。

 ようやく台車へ載せると。

「ヴェダー!」

 両手を上げて大喜び。

 私は拍手した。

「ありがとう」

 その一言だけで、五匹はますます張り切り始める。

 あっちへ行ったり。

 こっちへ行ったり。

 夢中で枝を探している。

 おかげで台車はあっという間にいっぱいになった。

「もう十分かな」

 私は麻縄を握る。

 帰り道は少し下り坂。

 ガラガラと台車を引きながら店へ戻った。



 ◇◇◇



「ただいま」

 庭へ戻る。

 まずは汚れたヴェダーたちを洗ってあげよう。

 私は井戸へ桶をそっと下ろした。

 チャポン。

「ヒィぃぃ……」

 今日も怖がりの精霊が小さく鳴く。

「ただいま」

 私は笑う。

「今日もありがとう」

 すると。

「ヒ……ヒィ」

 少しだけ小さな声で返事が返ってきた。

 前より怖がらなくなった気がする。

 桶いっぱいに汲み上げた水は冷たく澄んでいた。

「さあ」

 ヴェダーたちへ水を掛ける。

 ぱしゃっ。

「ヴェダー!」

 気持ち良さそうに跳ねる。

 森で泥だらけになっていた身体が、みるみる綺麗になっていく。

 一匹は桶へ飛び込み。

 一匹は泳ぐ真似をし。

 一匹は水しぶきを掛け合って遊んでいる。

「もう」

 私は布を持って一匹ずつ身体を拭いていく。

 ふわふわだった毬藻の身体が、また丸く整っていく。

「はい、一匹」

 ごしごし。

「二匹」

 ふきふき。

「三匹」

 ころころ。

「四匹」

 ぽんぽん。

「五匹……」

 そこで手が止まった。

「……あれ?」

 私は目を瞬かせる。

 もう一度数える。

「いち」

「に」

「さん」

「よん」

「ご」

「ろく」

「なな」

 ……七匹?

「えっ?」

 私は思わず布を落とした。

 確かに森へ行った時は五匹だった。

 なのに。

 目の前では七匹のヴェダーが、何事もなかったように身体を拭かれながら「ヴェダー」と鳴いていた。