チョボの仲間を迎え入れるための鶏小屋も作りたい。
そう思った私は、日用雑貨の店でもう少し買い物をすることにした。
「木材もありますか?」
「もちろんあるぞ」
ドワーフの店主は店の裏へ回ると、長さの違う板を何枚も抱えて戻ってきた。
「鶏小屋なら、このくらいで十分だろう」
丈夫そうな杉板だった。
節はあるけれど反りは少なく、木目も真っ直ぐだ。
「トンカチと釘もお願いします」
「ほい」
道具箱から年季の入ったトンカチと、小さな釘の入った革袋を渡してくれる。
私は板を一枚ずつ眺めながら、頭の中で鶏小屋を組み立てていた。
庭の椎木の近くに建てよう。
朝日が当たって。
風通しが良くて。
雨の日も濡れない場所。
「チョボ、お友達が増えるよ」
思わず一人で笑ってしまう。
雄鶏も迎えれば卵も増える。
食堂酒場を続けるには、その方がずっといい。
夢は少しずつ形になってきていた。
ペンキ塗りは翌日の昼。
ドワーフの青年たちが手伝いに来てくれることになった。
約束をして店へ戻る。
椎木の家を見上げると、青い屋根は相変わらず色褪せていた。
「明日には綺麗になるからね」
誰に言うでもなく呟く。
その日の夕方は、木材を庭へ運び、鶏小屋を建てる場所へ印を付けた。
チョボはその横で「コッコッ」と鳴きながら地面をつついている。
「そこじゃないよ」
笑いながら抱き上げる。
「もう少し向こう」
チョボは不満そうに「コケッ」と鳴いた。
その仕草が可愛くて、思わず頬が緩む。
夜になる。
昨日まで胸を締め付けていた不安は、不思議と少し薄れていた。
布団へ入る。
耳を澄ます。
雨も降っていない。
椎木の葉がさらさらと揺れる音だけが聞こえる。
そして。
例の「上田――」という声は聞こえなかった。
朝食のパンも消えない。
静かな夜だった。
久しぶりにぐっすり眠ることができた。
◇ ◇ ◇
「よいしょ!」
「もう少し右だ!」
「そこ塗り残し!」
翌日の昼。
椎木の家は朝から賑やかだった。
ドワーフの青年たちが脚立を立て、屋根へ上がっている。
刷毛が木材を擦る音。
笑い声。
時折誰かが歌い始める陽気な仕事歌。
昨日まで静かだった店が、今日はまるでお祭りみたいだ。
……ギシギシギシ。
屋根の上を歩く音が響く。
私はその音を聞きながら厨房で昼食の支度をしていた。
昨夜のうちに仕込んでおいたパン生地を取り出す。
ぷっくりと膨らんだ生地を優しく押し、空気を抜く。
木の台へ置き、丸く丸く伸ばしていく。
「このくらいかな」
少し縁を厚めに残す。
そこへ細かく刻んだトマトをたっぷり並べた。
真っ赤な色が生地いっぱいへ広がる。
チーズを惜しみなく振りかける。
最後は市場で買ったばかりの緑鮮やかなバジル。
葉を指でちぎるたび、爽やかな香りが立ち上った。
「よし」
窯の火加減を見る。
薪はいい具合に熾火になっている。
窯の奥は熱すぎる。
今日は手前。
そこへそっと滑り込ませた。
数分。
チーズがふつふつと泡立つ。
香ばしい匂いが厨房いっぱいへ広がった。
「できた」
黄金色に焼き上がったマルゲリータピザ。
チーズがとろりと溶け、トマトは艶やかに輝いている。
「みなさーん!」
私は店の外へ顔を出した。
「ピザが焼き上がりましたよー!」
「おっ!」
屋根の上から声が返ってくる。
「いい匂いだ!」
「腹減ってたんだ!」
「待ってました!」
青年たちは刷毛を置き、次々と梯子を降りてきた。
頬には青いペンキ。
鼻にも青い点。
誰かは髭まで真っ青になっている。
その姿がおかしくて、私は吹き出してしまった。
「顔、真っ青ですよ」
「え?」
互いの顔を見て大笑いになる。
「先に手を洗ってくださいね」
「おう!」
一人が井戸へ桶を投げ入れる。
ポチャン。
「ヒィぃ……」
井戸の精霊が今日も小さく悲鳴を上げた。
「また鳴いたぞ!」
「なんだ今の!」
青年たちは目を丸くする。
「井戸の精霊です」
「井戸にも精霊がいるのか!」
また笑い声が広がる。
皆で手を洗い、汗を布で拭う。
椅子へどっかり腰を下ろす頃には、全員のお腹がぐうぐう鳴っていた。
視線は一斉にキッチンカウンターへ向く。
私は焼きたてのピザを切り分け、木皿へ並べた。
「熱いので気を付けてください」
「いただきます!」
「アチチチ!」
「うまっ!」
焼きたてを頬張りながら、青年たちは口々に叫ぶ。
「なんだこれ!」
「パンなのに柔らかい!」
「チーズが伸びるぞ!」
「トマトが甘い!」
夢中で食べている。
その姿を見ているだけで嬉しくなった。
あっという間に皿は空になっていく。
そして。
最後の一切れだけが皿へ残った。
「俺が最後だな」
一人の青年が嬉しそうに手を伸ばす。
その時だった。
「あれ?」
青年の手が止まる。
「おい」
皿を覗き込む。
「俺の分のピザがないぞ?」
さっきまで確かにあった。
誰も席を立っていない。
なのに。
「お前が食べたのか?」
「いや!」
隣の青年が首を振る。
「食べてない!」
「じゃあ誰だ!」
皆が顔を見合わせる。
私はその光景を見た瞬間、背中が冷たくなった。
まさか。
また。
「上田――」
あの声だった。
「えっ!?」
私は声のした方を見る。
キッチンカウンターの陰。
そこから、何かがひょこっと顔を出していた。
手のひらほどしかない丸い身体。
阿寒湖の毬藻みたいにふわふわした緑色。
細い手足がちょこんと生えている。
頭にはフキの葉によく似た大きな葉っぱが一枚。
その小さな両手には――。
最後のピザを大事そうに抱えた、不思議な生き物がこちらをじっと見つめていた。
そう思った私は、日用雑貨の店でもう少し買い物をすることにした。
「木材もありますか?」
「もちろんあるぞ」
ドワーフの店主は店の裏へ回ると、長さの違う板を何枚も抱えて戻ってきた。
「鶏小屋なら、このくらいで十分だろう」
丈夫そうな杉板だった。
節はあるけれど反りは少なく、木目も真っ直ぐだ。
「トンカチと釘もお願いします」
「ほい」
道具箱から年季の入ったトンカチと、小さな釘の入った革袋を渡してくれる。
私は板を一枚ずつ眺めながら、頭の中で鶏小屋を組み立てていた。
庭の椎木の近くに建てよう。
朝日が当たって。
風通しが良くて。
雨の日も濡れない場所。
「チョボ、お友達が増えるよ」
思わず一人で笑ってしまう。
雄鶏も迎えれば卵も増える。
食堂酒場を続けるには、その方がずっといい。
夢は少しずつ形になってきていた。
ペンキ塗りは翌日の昼。
ドワーフの青年たちが手伝いに来てくれることになった。
約束をして店へ戻る。
椎木の家を見上げると、青い屋根は相変わらず色褪せていた。
「明日には綺麗になるからね」
誰に言うでもなく呟く。
その日の夕方は、木材を庭へ運び、鶏小屋を建てる場所へ印を付けた。
チョボはその横で「コッコッ」と鳴きながら地面をつついている。
「そこじゃないよ」
笑いながら抱き上げる。
「もう少し向こう」
チョボは不満そうに「コケッ」と鳴いた。
その仕草が可愛くて、思わず頬が緩む。
夜になる。
昨日まで胸を締め付けていた不安は、不思議と少し薄れていた。
布団へ入る。
耳を澄ます。
雨も降っていない。
椎木の葉がさらさらと揺れる音だけが聞こえる。
そして。
例の「上田――」という声は聞こえなかった。
朝食のパンも消えない。
静かな夜だった。
久しぶりにぐっすり眠ることができた。
◇ ◇ ◇
「よいしょ!」
「もう少し右だ!」
「そこ塗り残し!」
翌日の昼。
椎木の家は朝から賑やかだった。
ドワーフの青年たちが脚立を立て、屋根へ上がっている。
刷毛が木材を擦る音。
笑い声。
時折誰かが歌い始める陽気な仕事歌。
昨日まで静かだった店が、今日はまるでお祭りみたいだ。
……ギシギシギシ。
屋根の上を歩く音が響く。
私はその音を聞きながら厨房で昼食の支度をしていた。
昨夜のうちに仕込んでおいたパン生地を取り出す。
ぷっくりと膨らんだ生地を優しく押し、空気を抜く。
木の台へ置き、丸く丸く伸ばしていく。
「このくらいかな」
少し縁を厚めに残す。
そこへ細かく刻んだトマトをたっぷり並べた。
真っ赤な色が生地いっぱいへ広がる。
チーズを惜しみなく振りかける。
最後は市場で買ったばかりの緑鮮やかなバジル。
葉を指でちぎるたび、爽やかな香りが立ち上った。
「よし」
窯の火加減を見る。
薪はいい具合に熾火になっている。
窯の奥は熱すぎる。
今日は手前。
そこへそっと滑り込ませた。
数分。
チーズがふつふつと泡立つ。
香ばしい匂いが厨房いっぱいへ広がった。
「できた」
黄金色に焼き上がったマルゲリータピザ。
チーズがとろりと溶け、トマトは艶やかに輝いている。
「みなさーん!」
私は店の外へ顔を出した。
「ピザが焼き上がりましたよー!」
「おっ!」
屋根の上から声が返ってくる。
「いい匂いだ!」
「腹減ってたんだ!」
「待ってました!」
青年たちは刷毛を置き、次々と梯子を降りてきた。
頬には青いペンキ。
鼻にも青い点。
誰かは髭まで真っ青になっている。
その姿がおかしくて、私は吹き出してしまった。
「顔、真っ青ですよ」
「え?」
互いの顔を見て大笑いになる。
「先に手を洗ってくださいね」
「おう!」
一人が井戸へ桶を投げ入れる。
ポチャン。
「ヒィぃ……」
井戸の精霊が今日も小さく悲鳴を上げた。
「また鳴いたぞ!」
「なんだ今の!」
青年たちは目を丸くする。
「井戸の精霊です」
「井戸にも精霊がいるのか!」
また笑い声が広がる。
皆で手を洗い、汗を布で拭う。
椅子へどっかり腰を下ろす頃には、全員のお腹がぐうぐう鳴っていた。
視線は一斉にキッチンカウンターへ向く。
私は焼きたてのピザを切り分け、木皿へ並べた。
「熱いので気を付けてください」
「いただきます!」
「アチチチ!」
「うまっ!」
焼きたてを頬張りながら、青年たちは口々に叫ぶ。
「なんだこれ!」
「パンなのに柔らかい!」
「チーズが伸びるぞ!」
「トマトが甘い!」
夢中で食べている。
その姿を見ているだけで嬉しくなった。
あっという間に皿は空になっていく。
そして。
最後の一切れだけが皿へ残った。
「俺が最後だな」
一人の青年が嬉しそうに手を伸ばす。
その時だった。
「あれ?」
青年の手が止まる。
「おい」
皿を覗き込む。
「俺の分のピザがないぞ?」
さっきまで確かにあった。
誰も席を立っていない。
なのに。
「お前が食べたのか?」
「いや!」
隣の青年が首を振る。
「食べてない!」
「じゃあ誰だ!」
皆が顔を見合わせる。
私はその光景を見た瞬間、背中が冷たくなった。
まさか。
また。
「上田――」
あの声だった。
「えっ!?」
私は声のした方を見る。
キッチンカウンターの陰。
そこから、何かがひょこっと顔を出していた。
手のひらほどしかない丸い身体。
阿寒湖の毬藻みたいにふわふわした緑色。
細い手足がちょこんと生えている。
頭にはフキの葉によく似た大きな葉っぱが一枚。
その小さな両手には――。
最後のピザを大事そうに抱えた、不思議な生き物がこちらをじっと見つめていた。

