見積もりには書けないもの

すっと席を立った森下さんは、俺をリビングのソファーへ案内してくれた。

木製の格子に、木製の肘掛け。

色褪せという名の味をしっかりと染み込ませた木部たちに、鮮やかなエメラルドグリーンのクッションが、ソファーの幅に合わせて敷かれている。

森下さんは、そのソファーの右側に腰を下ろした。

「どうぞ」

そう言って、右手で俺の座る場所を案内してくれた。

俺も、森下さんの左側に腰を下ろした。

すると森下さんが、俺の座る場所を見ながら言った。

『そこにね、息子は座って、よく壁にボールを当ててたんです』

その場所から見ると、確かにテレビと、小さな壁掛けの造花のインテリア。

そのわずか30センチほどの隙間に向かってボールを当てていたのだろう。

白いクロスには、ボールが何度もぶつかった跡なのか、黒ずんだ跡がしっかりと刻まれていた。

『それとね……』

そう言って森下さんはソファーから立ち上がった。

そして、背面に掛けられていた絵をめくる。

『ほら』

その奥には、ぽっかりと穴が空いていた。

何となく察することのできる、

「壊された」

という感じの穴だった。

……下地の骨組みの脇で良かったよ。

職業柄なのか、そんなことがふと頭をよぎってしまった。

森下さんは、そのままおもむろに対面キッチンへ向かって歩いていく。

俺は、その場から森下さんの後ろ姿を目で追った。

すると、キッチンの向こう側から森下さんが続けた。

『ここから、私は見てきたんです』

『その場所を』

そう言って、森下さんはキッチンからリビングを見渡した。

『ここから息子に声を掛けてきました』

『ソファーに座って、黙々と壁当てをする息子に』

『グローブを磨く時も』

『スパイクを磨く時も』

『必ずそのソファーの左側に座って、黙々と……』

一つひとつ、記憶を辿るように言葉を重ねていく。

『歳を重ねる毎に、返事はそっけなくなっていきました』

少し笑ったようにも見えた。

『それでも私は、ずっと』

『ここから話しかけてきました』

森下さんは、しばらく黙ってリビングを見つめていた。

『だからかな……』

『ここに立って見るリビングの景色が、一番焼き付いているのかな……』

そう言って、森下さんはリビングの出窓の方へ目を向けた。

何かを思い出しているようにも見えた。

俺も引き寄せられるように、その視線を追った。

すると、出窓に無造作に置かれている、手帳のようなものが目に入った。

ただの私物なのかもしれない。

余計な言葉なのかもしれない。

聞かない方がいいのかもしれない。

でも――

どうしても、俺にはその私物をスルーすることができなかった。

何故なら……