見積もりには書けないもの

「原澤さん、アイスコーヒーでよろしいですか?」

そう丁寧に声を掛けてくれた。

「は、はいっ」

また一瞬、素敵なダイニングテーブルやリビングの雰囲気に飲まれ、気負いそうになっていたところだった。

さっと出されたアイスコーヒーは、木製の丸い温かみのあるコースターの上に置かれ、氷で汗をかいたグラスの中では、カランと心地よい音を立てながら氷が揺れている。

白く細長いストロー。
ガムシロップにミルク。

まるで、お洒落な喫茶店に来たようだった。

気が付けば、微かにBGMも流れている。

詳しくはないが、品の良いクラシックのような旋律が、この家の居心地の良さをさらに引き立てていた。

俺は、素直に思ったことを口にしていた。

「こんなに素敵なお家で、リフォームしたいところなんてあるんですか?」

森下さんは優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。」

「すごく気に入っているんですけどね……もう二十年近くになりますし、クロスを貼り替えて雰囲気を変えようかなって。

なんて言えばいいのかな……

思い出も大切なんですが、新しくリフレッシュしたいような気持ちもあって。

だから、そのためにはどんなリフォームができるのか、まずは相談に乗っていただきたくて。」

少し間を置いて、森下さんは続けた。

「それでね、えみちゃんにお願いしたんですよ。

原澤さんを紹介してほしいって。」

俺は思わず姿勢を正した。

「実はね、前にえみちゃんのお店で、原澤さんがお話しされていた時、私、お客さんでそこにいたんです。

盗み聞きするつもりはなかったんですけど、修理とか部品交換とか、そんな話が聞こえてきて。

普段着みたいな格好だったから、最初は何のお仕事をされている方かわからなかったんです。

でも、もしリフォーム屋さんならお願いしたいなって思って、えみちゃんに聞いちゃいました。」

話を聞きながら、俺はニヤけそうになる顔を必死にこらえていた。

相槌を打つたびに、胸の高鳴りが大きくなっていく。

森下さんは少し照れくさそうに笑った。

「それでね……

なんで紹介してほしいってお願いしたかというと……

えみちゃんが、『原澤さんって、いつもああいう格好で仕事してるんだよ』って教えてくれたんです。

それを聞いて、この人なら話が合いそうだなって。

なんとなく、そう思えたんです。

それを最初にお伝えしたくて……

すみません、ダラダラ話しちゃって。」

恥ずかしそうに視線を落とす森下さん。

その姿を見ながら、俺は何より嬉しかった。

俺のこだわりを、このセンスのいい人が認めてくれた。

わかってくれる人がいた。

それだけで十分だった。

俺は仕事着を作業服にしない。

ジーンズはリーバイス505。

夏は古着のTシャツにベストを羽織る。

「○○建設」と刺繍の入ったジャンパーを着て、全部ワークマンで済ませるような格好で、お洒落な家のリフォームを任せてもらえるだろうか。

そんな意地みたいなものが昔からあった。

趣味が合うかどうかじゃない。

この人は、ちゃんとこだわりを持って仕事をしている人なんだ。

そう感じてもらえたら、それだけでいい。

小さなリフォーム屋だからできる、ただのわがままかもしれない。

それでも今日、森下さんはその“わがまま”に気付いてくれた。

やっぱり、自分が良いと思うことを続けていれば、いつかは共感してくれる人に出会えるんだ。

共感者なんて言葉を使うと、大袈裟かもしれない。

でも、この瞬間だけは、そう思いたかった。

この居心地の良い場所で──

もう少しだけ、この幸せに浸らせてほしかった。