見積もりには書けないもの

『はーい。』

柔らかく、それでいてよく通る声が玄関の向こうから聞こえた。

ガチャ。

「お待たせしました。森下です。」

ドアが開いた。

「おはようございます。初めまして。えみちゃんからご紹介いただきました、ライフデザインの原澤です。本日はよろしくお願いいたします。」

そう言って頭を下げた。

……たぶん、ちゃんと下げられていたと思う。

正直、自信はない。

一瞬だった。

でも、その一瞬で空気が変わった。

綺麗な人だった。

それだけじゃない。

品があった。

玄関から見える景色までもが、その人を映しているようだった。

アンティーク調の家具。

壁に飾られた絵。

派手ではない。

それなのに、一つひとつが自然と目に入る。

「この家、やっぱり好きだ。」

そう思った。

森下さんは、ベージュのノースリーブのニットに白いワイドパンツという、夏らしい装いだった。

気取っているわけじゃない。

でも、不思議と目を引く。

芸能人で言えば、榮倉奈々さんを少し大人っぽくしたような雰囲気。

……こんな人と結婚する旦那さんって、どんな人なんだろう。

そんなことを考えてしまう自分に、心の中で苦笑いした。

「どうぞ。」

差し出されたのは、羊革のスリッパだった。

スリッパ一つにも、その人らしさが出る。

「ありがとうございます。」

「急にリフォームの相談なんて、本当にすみません。」

「いえ、とんでもないです。」

そう答えながらリビングへ案内される。

なんだろう。

この感じ。

甲子園初出場の高校が、一回戦で前年優勝校と当たったような気分だった。

『気持ちじゃ負けねぇ。』

『俺らだって背負ってきたものがある。』

そう自分を奮い立たせても、相手の落ち着いた空気に全部受け止められてしまう。

もちろん、勘違いしないでほしい。

俺は毎回、お客様をそんな目で見ているわけじゃない。

ただ、いいものは、いい。

綺麗な人は、綺麗。

それだけの話だ。

人は無意識のうちに、相手との距離や空気を測ってしまう生き物だと思う。

だから俺は、いつも心の中で自分に言い聞かせる。

『俺はライオンだ。』

根拠なんてない。

でも、そのくらい思い込んだ方が、胸を張って仕事ができる。

営業は、技術だけじゃない。

自信も商品だからだ。

……ところが、その日のライオンは少し様子がおかしかった。

猫。

いや、子猫と言った方が近い。

廊下という短いインターバルの間に、必死でたてがみを整えながら、俺はライオンのふりをして椅子に腰を下ろした。