弾け跳ぶアセロラ



「ん?おせっかい返すってなんだ?」
 
「⋯⋯」

 素直に聞いたのに、また瑞嶋は黙ってしまった。次はバイクの走る音が微かに聞こえる。


「まず、その、友達⋯⋯由加梨と友達にな
りたい」

「え?」


 予想外だった。こんなことを言うのに緊張してたのかアイツは。

「フッ、フハハハッ。マジで何言われるんだろうって焦った。もう友達だと思ってたけどアタシは。おせっかい返すってそういうこと?」

「あ⋯⋯違うけど、う⋯⋯れし」

「ったく、最後聞き取れない。ハキハキ喋って!ほら、何が言いたいの?それと、友達になりたいって中園にも言ってあげなよ」

「⋯⋯」
     
 また黙った。さすがにアタシは待てなくて、雑誌を手に取った。

「うん、そうだね。なら、友達として言うよ。ハキハキと!」

「よし!じゃあ、ハキハキと言っちゃお!」

 バリバリッと呼吸で音が割れて、耳に響く。どんだけ瑞嶋、息荒いんだ!少しだけスマホを離した。


「由加梨は、男子を下の名前で呼ばないんじゃなくて、呼べない?んだよね」


「えっ?」
 

 突然の言葉に、雑誌のページをめくる手が動かない。動かせない。

 どうして瑞嶋は、そう思ったんだろう。

 おせっかいを返す⋯⋯か。アタシもこういうふうに、人に踏み込んでたのか。と、胸の中の奥の方をギュッと握られてるみたいだった。


「由加梨?」


「あ、ゴメンゴメン!別に、気分ってとこかな?てか、校外学習の話は!」

 校外学習の話のあとは、アタシの方から電話を切った。

 シャワーをすぐに浴びようと思ったけど、また部屋の窓から夜空を眺めた。次はアタシのお気に入りの曲を聴きながら。

 ただ、瑞嶋の声がずっと、頭の中で何度も再生される。曲を聴いてるはずなのに。

 その声は寝るまでずっと再生していた。

 翌朝、両手でほっぺを軽く叩いて校門を抜けた。

「おはよー由加梨ちゃん」
「世良さんおはよ」

 気付けば、挨拶してくれる人が増えた気がする。

 アニソンを口ずさみながら、教室の引き戸を開く。

 そこには、アセロラジュースを持った瑞嶋が待っていた。

「由加梨、よかったらコレ」

 アタシの顔をうかがいながら、両手でジュースをアタシに差し出す。

 昨日のことを気にかけてるのか?コイツは。そう思うと、アタシも力が抜けていく。

 けど、視線がアタシに、いやアタシ達に集まっているような⋯⋯。

「瑞嶋プロポーズか?」
「婚約にアセロラジュースかよ」

 目の前のエノキがどんどん赤くなってきた。そして、アセロラジュースを持った手が震えている。

 見かねて、冷やかしてきた奴をブチのめそうと思った瞬間。

 カチッ。とキャップが開く。

「え⋯⋯飲むんだ」

 ゴクゴク一気飲みしたあと、手で顔を隠す瑞嶋。

 一瞬にして教室中がドッと沸いた。

「あ、あああ⋯⋯ごめん。良かったら、昼休み自動販売機に一緒に。アセロラジュース飲みに」

「いや、うーん?まぁ、良いけど」

 なぜか、昼休みはアセロラジュースを飲みに自動販売機へ行くことになった。

 昼休みになり、瑞嶋が誰よりも早く教室を出る。

「茉菜ゴメン!ちょっと、自動販売機行ってくるわ」

「あーそうだったわね。瑞嶋チャン待ってるんじゃない?行ってらっしゃい」

 ニヤニヤしている茉菜に見送られ、自動販売機へ向かった。でも、先に着いたのはアタシ。

 アセロラジュースを2本買って近くのベンチに座る。喉が乾いたのでキャップを開けようとしたとき、瑞嶋が来た。

「ごめん!遅くなった」
 
 あたりをキョロキョロ見ながら近付いてくる。誰もいないのに、ベンチには座らずアタシの横に立った。

「座ればいいのに。はい、コレ」

 瑞嶋にアセロラジュースを渡すと、びっくりした表情でポケットに手を入れる。ポケットからチャリンと音がした。

「え、さすがに横に座るのは⋯⋯。あ、待って、お金は」

「いいよ、副リーダー頑張ってるし」

「それじゃあ、意味無いんだけどな⋯⋯」

 ハァーッと強くため息をついて、次はアタシの前に瑞嶋は立った。

「なに?」

「やっぱり気になるよ。あんなに動揺されたら!」

 急に大きい声で言われ、思わずビクッとしてしまった。

 何事かと見上げたとき、はっきりと見えた。

 この角度から、目が、顔が。

 こういう顔してたのか瑞嶋は。

「⋯⋯大きい声出すなって。びっくりすんじゃん。それに何の話?」

「わざと、とぼけてるの?なんで呼べないの?」

 ここまでアタシに踏み込んでくる奴なんて、コイツが初めて。やっぱり変な奴。

「すごいねー瑞嶋は。男子を下の名前で呼べないの、よく気付いたね。でも、しょうもない話だから気にしないで」

「しょうもないんだったら、なおさら話してよ」
 
 コイツ⋯⋯本当にすごい。まだズカズカと踏み込んでくる。

「じゃあ、なんでアタシが呼べないって気付いた?理由は?」

 瑞嶋はしゃがんでアタシと目が合うと、横にそらした。

 いつもは見えなかった目も、近くで見れば、前髪から透けて見える。
 

「女子には、仲良くない子でも下の名前で呼んでる。それに、みつるんって気軽に言えそうなのにスルーした。その後、中園君に言われて、顔が一瞬止まった。から」

「怖っ。そんなとこまで見られてんだ。ストーカー野郎」

「ち、違うよ!ストーカーじゃない。でも、見てるのは見てるかも⋯⋯」

 焦る瑞嶋は、持っていたアセロラジュースで顔を隠す。それを見てアタシは思わず吹き出してしまう。

 いつも思う。顔を隠すぐらいなら、最初からしなきゃいいのに。

 でも、女子はみんな下の名前で呼んでるなんて、自分でも気付いてなかった。

「なら、しょうもない話聞く?」

「うん。聞かせて」

 低くなった声。腕を組んでアタシが話すのを待っている。

「ホントに聞くの?」

「ホントのホントに!」

 あんまりにも真面目な顔をしてたからつい、からかってしまった。少し怒った顔も面白い。

 そしてアタシは、誰にも話したことがない昔の話を、瑞嶋に初めて話す。

「小学校のときの話なんだけど、お母さんに髪の毛を可愛くしてもらった日があったんだよね。そのとき言われた。『気持ち悪い』って」