廊下の先で片手を後ろに隠した瑞嶋がじっとアタシを見ている。
「⋯⋯」
「瑞嶋ー?もしかしてアタシに何か用?」
サッと瑞嶋は向きを変えて走り去ってしまった。
隠した片手は、なぜか固く握りしめたままだった。
「え⋯⋯逃げた?由加梨とか呼んでたクセに?」
「掴めないわねー瑞嶋チャンって」
昼休み、やたら避けてくる。
⋯⋯不自然に避けすぎだろ!
放課後、近づいてきて逃げる。
⋯⋯何往復すんだ!
この状態がしばらく続いたので、さすがのアタシも構ってられなかった。放置!放置!放置ーっ!
この日の夜は瑞嶋の不可解な行動が頭にチラついて、よく眠ることができなかった。
「おはよー茉菜」
「由加梨どうした?怖い夢でも見た?クマが」
「うーんたしかに怖かったかも」
アタシは少しでも寝ようと机に突っ伏した。
「冷たっ!」
アタシの腕に冷たい感触。何事かと顔を上げると⋯⋯
「でたぁあああああ!」
そこにはアセロラジュースを持った瑞嶋が。両手を上げ、片足を後ろに引いて立っていた。
寝不足の元凶が目の前にいるせいかアタシの心臓は止まりかけた。
「もう!瑞嶋いったい昨日から何なの!?」
「これ、渡したくて」
いつもと違って冷静な瑞嶋は、結露で濡れたアセロラジュースを机に置いた。
「瑞嶋、100本目の記念はもう終わったの!気にしなくていいから!」
「違うよ、アセロラの日だから」
「は?どゆこと!?」
「とりあえずお礼が⋯⋯飲んで」
ぶっきらぼうな物言いをして瑞嶋は教室の外へ行ってしまった。
「何なの!赤くなったり、急に冷静になったり、マジで掴めない!⋯⋯ん?」
机の下にくしゃくしゃになったメモ用紙が落ちていた。瑞嶋が落としたのか?と思って開くと『助けてくれてありがとうございました』と書かれていた。
今思えば瑞嶋は昨日、アセロラジュースを持っていなかった。もしかして本当はこの手紙をアタシに⋯⋯?でも、心当たりがない。
油断していたが瑞嶋とアタシへのヤジが教室のあちこちから聞こえてくる。ウンザリしたアタシは聞こえないように、腕で耳を押さえながら机に突っ伏した。
「おい廊下にいる瑞嶋見たか?」
「あー見た見た。なんか手で顔を隠してたよな?」
キーンコーンカーンコーン――
気がつけば授業は3時間目の現代文が始まる。担当は雑談が長めの白石なので、この時間も隙あらば寝れる。
「はーい今日は5月12日ですが何の日でしょうか?わかる人は挙手してください」
「はーい看護の日!」
「お、正解。じゃ、次わかる人ー」
よし始まった!いつもの何の日でしょうか?のくだり。今のうちに寝よう⋯⋯
アタシはペンを持って考えてる風に片手で頭を支える。準備完了。
「⋯⋯はい!」
この声は。
声がする方を見ると瑞嶋が、まっすぐピシッと手を挙げていた。
「お、おお、じゃあ瑞嶋」
「アセロラの日です!」
アセロラの日!?ホントにあったんかい⋯⋯。キリッと答える瑞嶋に教室中が大爆笑していた。
誇らしげに座った瑞嶋はほんの少しだけ微笑む。それを見て眠たいはずのアタシは、重たい瞼を必死に開けていた。
