夏も本番を迎えて、じりじりと暑い日々が続いていた。
アブラゼミが威勢よく鳴いている。
もう少し、ボリューム下げてくれませんか、と言ったところでどうなるわけもなく、五感でただ夏を実感するだけだった。
さすがに歩もこの灼熱の中を、桜の木の下で過ごす根性はなかったようで、冷房の効いた図書室か学食のどちらかに必ずいた。
わたしが学食へ行くと、すぐに彼を見つけることができた。
ど派手なシャツが、嫌でも目を引いた。
わたしにとっては、あり得ない色使い。
だけど、このシャツはわりと高価なものなんだと、歩に教えてもらった。
それを聞いて以来、これをいいと思えないわたしの方がセンス悪いのかも、と、自分の服のセンスに少し自信をなくしかけた。
でも、服は値段じゃないと思う、と自分を奮い立たせた。
だって、歩とふたりで歩いていると、すれ違う人が二度見したりする。
それは、歩がイケメンだからか、それとも個性的な服だからか、と問われたら、わたしは後者だと思う。
いや、もしかすると、せっかくのイケメンなのになぜにあのセンス?という意味なのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
そうだと思う。
「俺の顔に何かついてる?」
歩はメロンパンを頬張りながら、上目遣いでわたしを見た。
「口のまわりに砂糖がついてる」
本当はそんなこと、さっきまで思っていなかったけれど。
「うそ」
歩は慌てて口のまわりの砂糖を払った。
すると、払った砂糖が今度はノートの上に落ちたので、あ~、と呆れた声を出してノートを払った。
その様子を見て、わたしはおかしくなって笑ってしまった。
「なんか、子供みたい」
「それ、馬鹿にしてる?」
歩はパンツについてしまった砂糖を払いながら、ちらりと上目遣いでわたしを見る。
「かわいいなぁと思って」
大男がメロンパンの砂糖と格闘しているんだもん。
「あんまり嬉しくないなぁ。かわいいって言われても」
そう言って、またパクリとメロンパンを頬張り、またバラバラとこぼすので、わたしは声に出して笑ってしまった。
「なんだよぉ。もっとすんなり食べられるメロンパンってないのか?誰か開発しろよな。味は絶品なんだからさぁ」
と、ぶつぶつと文句を言うので、わたしはお腹を抱えた。
「ところでさ、来週の土曜の花火大会、いっしょに行こうよ」
歩はコーヒーを飲んで、口の中のメロンパンを流し込んだ。
「うん。行きたい」
「よ~し。何を着ていこうかなぁ」
歩は腕を組んで、背もたれにもたれた。
嫌な予感がした。
歩の気合の入ったファッションを考えるだけでぞっとした。
わたしはとっさに、
「いっしょに浴衣で行こうよ」
と提案した。
「浴衣かぁ。う~ん、甚平でもいい?」
「うん。いいよいいよ。そうしよ。せっかくの花火大会だもんね」
「だよね。せっかくの花火大会だもんね」
歩は腕を組みながら、うんうんとうなずいた。
少し不安は残ったが、浴衣や甚平にそれほど奇抜なものはないだろう。
わたしはほっと胸を撫で下ろした。
なのに。
花火大会当日、歩は、絵の具を豪快にこぼしたような柄の甚平で現れた。
しかも色使いが斬新すぎる。
なぜ、これをチョイスするんだ?
いったいどこで見つけてくるんだ?
頭痛がした。
そんなわたしの思いをよそに、歩は浴衣姿のわたしを見て、
「かわいいね。よく似合ってる」
と言って、満面の笑みを向けている。
「ありがとう」
そう言ったわたしの顔はきっと、ひきつっていたと思う。
海辺の堤防に腰かけて、闇の中で弾ける花火を見上げた。
花開いては散り。
また開いては、消える。
儚い。
そして、切ない。
わたしは夜空を見上げながら、隣りに座っている歩の手をぎゅっと握った。
歩は何も言わず、握り返してくれた。
「きれいだね」
歩がぽつりと呟いた。
ちらりと彼の顔を見る。
花火が打ち上げられるたびに、歩の顔がぼわんと少し照らされる。
きれいだと思った。
わたしは、この人が好き。
歩が好き。
歩のそばに、ずっといたい。
わたしはたまらなくなって、歩の肩に寄りかかった。
「好き」
歩の耳元で囁いた。
歩は、わたしの方に少し首を傾けた。
「俺も」
そう言って、わたしの耳にキスをした。
背筋に電気が走った。
その帰り道。
突然、歩が切り出した。
「俺んち、寄っていかない?」
その言葉に、わたしは立ち止まってしまった。
目が泳いでしまう。
のどの奥に何かがつかえて、言葉が出てこない。
そんなわたしを見て、歩はそっとわたしの手を取った。
「ただ、抱きしめたいだけ。それ以上は、なにもしないよ」
そう言って、優しく微笑んだ。
わたしは、はっとして歩の目を見た。
「怖い?」
眉を下げてわたしを見つめている。
そんなことはない。
信じてる、多分。
だけど。
歩だって、男だから。
男の人は、ああいう欲望ってあるんでしょ?
わたしがうつむいたまま、黙っていると、
「下手にみちるに触れたら、壊れてしまいそうだ」
と言って、やわらかい笑みを浮かべた。
そして、
「俺は、大切な人を壊したくはない」
と。
わたしは、歩の手をぎゅっと握りしめた。
そして、こくりとうなずいた。
歩のアパートへ向かう途中、わたしの鼓動はいつもより大きく波打っていた。
きっと、歩にも伝わっている。
つないだこの手を伝って。
歩は、歩。
あいつじゃない。
そう、何度も自分に言い聞かせた。
歩は部屋の戸を開け、どうぞ、とわたしを先に部屋へ入れてくれた。
歩の部屋。
男性の部屋。
歩は今日は、病人じゃない。
わたしはテーブルの前に座ると、穴が開いてしまうくらいテーブルの縁をじっと見つめていた。
「なにか飲む?」
歩は、冷蔵庫をのぞいている。
「麦茶、ほうじ茶、緑茶……」
その選択肢に思わず笑ってしまった。
「麦茶でお願いします」
「OK」
そう言うと、コップに麦茶を注いでテーブルの上に置いてくれた。
わたしが一口飲んで、コップをテーブルに戻した時、歩がそっと手を重ねた。
わたしの心臓が、一瞬小さくなった。
「おいで」
そう言って、わたしを引き寄せた。
わたしは、顔を歩の広い胸にうずめた。
歩の鼓動が聞こえる。
わたしと同じように、波打っている。
歩はぎゅっと抱きしめて、
「こうしたかったんだ」
と、わたしの耳元で囁いた。
耳にかかる歩の吐息が、こそばゆかった。
「好きだよ。大好き」
歩は大きな手でわたしの顔を包んだ。
優しい目で、わたしを見つめている。
わたしはどこを見ればいいのかわからなくて、目が泳いでしまった。
「キスしても、大丈夫?」
そう言って、親指でわたしの唇をそっと撫でた。
わたしは視線を合わせられないまま、小さくうなずいた。
すると歩は顔を傾けて、わたしの唇にかすかに触れただけのキスをした。
「大丈夫?」
わたしの顔をのぞきこんで、優しく微笑む。
わたしは、うん、とうなずいた。
「もう一度、してもいい?」
黙ってうなずくと、今度は少し長く唇が重なった。
わたしは歩の服をきゅっとつかんだ。
唇が重なっている間、息をするのを忘れた。
歩の唇が離れた時、大きく深呼吸してしまった。
歩はもう一度、わたしを強く抱きしめた。
「かわいい。大好き」
そう言って、わたしの髪をいつまでも撫でてくれた。
アブラゼミが威勢よく鳴いている。
もう少し、ボリューム下げてくれませんか、と言ったところでどうなるわけもなく、五感でただ夏を実感するだけだった。
さすがに歩もこの灼熱の中を、桜の木の下で過ごす根性はなかったようで、冷房の効いた図書室か学食のどちらかに必ずいた。
わたしが学食へ行くと、すぐに彼を見つけることができた。
ど派手なシャツが、嫌でも目を引いた。
わたしにとっては、あり得ない色使い。
だけど、このシャツはわりと高価なものなんだと、歩に教えてもらった。
それを聞いて以来、これをいいと思えないわたしの方がセンス悪いのかも、と、自分の服のセンスに少し自信をなくしかけた。
でも、服は値段じゃないと思う、と自分を奮い立たせた。
だって、歩とふたりで歩いていると、すれ違う人が二度見したりする。
それは、歩がイケメンだからか、それとも個性的な服だからか、と問われたら、わたしは後者だと思う。
いや、もしかすると、せっかくのイケメンなのになぜにあのセンス?という意味なのかもしれない。
うん、きっとそうだ。
そうだと思う。
「俺の顔に何かついてる?」
歩はメロンパンを頬張りながら、上目遣いでわたしを見た。
「口のまわりに砂糖がついてる」
本当はそんなこと、さっきまで思っていなかったけれど。
「うそ」
歩は慌てて口のまわりの砂糖を払った。
すると、払った砂糖が今度はノートの上に落ちたので、あ~、と呆れた声を出してノートを払った。
その様子を見て、わたしはおかしくなって笑ってしまった。
「なんか、子供みたい」
「それ、馬鹿にしてる?」
歩はパンツについてしまった砂糖を払いながら、ちらりと上目遣いでわたしを見る。
「かわいいなぁと思って」
大男がメロンパンの砂糖と格闘しているんだもん。
「あんまり嬉しくないなぁ。かわいいって言われても」
そう言って、またパクリとメロンパンを頬張り、またバラバラとこぼすので、わたしは声に出して笑ってしまった。
「なんだよぉ。もっとすんなり食べられるメロンパンってないのか?誰か開発しろよな。味は絶品なんだからさぁ」
と、ぶつぶつと文句を言うので、わたしはお腹を抱えた。
「ところでさ、来週の土曜の花火大会、いっしょに行こうよ」
歩はコーヒーを飲んで、口の中のメロンパンを流し込んだ。
「うん。行きたい」
「よ~し。何を着ていこうかなぁ」
歩は腕を組んで、背もたれにもたれた。
嫌な予感がした。
歩の気合の入ったファッションを考えるだけでぞっとした。
わたしはとっさに、
「いっしょに浴衣で行こうよ」
と提案した。
「浴衣かぁ。う~ん、甚平でもいい?」
「うん。いいよいいよ。そうしよ。せっかくの花火大会だもんね」
「だよね。せっかくの花火大会だもんね」
歩は腕を組みながら、うんうんとうなずいた。
少し不安は残ったが、浴衣や甚平にそれほど奇抜なものはないだろう。
わたしはほっと胸を撫で下ろした。
なのに。
花火大会当日、歩は、絵の具を豪快にこぼしたような柄の甚平で現れた。
しかも色使いが斬新すぎる。
なぜ、これをチョイスするんだ?
いったいどこで見つけてくるんだ?
頭痛がした。
そんなわたしの思いをよそに、歩は浴衣姿のわたしを見て、
「かわいいね。よく似合ってる」
と言って、満面の笑みを向けている。
「ありがとう」
そう言ったわたしの顔はきっと、ひきつっていたと思う。
海辺の堤防に腰かけて、闇の中で弾ける花火を見上げた。
花開いては散り。
また開いては、消える。
儚い。
そして、切ない。
わたしは夜空を見上げながら、隣りに座っている歩の手をぎゅっと握った。
歩は何も言わず、握り返してくれた。
「きれいだね」
歩がぽつりと呟いた。
ちらりと彼の顔を見る。
花火が打ち上げられるたびに、歩の顔がぼわんと少し照らされる。
きれいだと思った。
わたしは、この人が好き。
歩が好き。
歩のそばに、ずっといたい。
わたしはたまらなくなって、歩の肩に寄りかかった。
「好き」
歩の耳元で囁いた。
歩は、わたしの方に少し首を傾けた。
「俺も」
そう言って、わたしの耳にキスをした。
背筋に電気が走った。
その帰り道。
突然、歩が切り出した。
「俺んち、寄っていかない?」
その言葉に、わたしは立ち止まってしまった。
目が泳いでしまう。
のどの奥に何かがつかえて、言葉が出てこない。
そんなわたしを見て、歩はそっとわたしの手を取った。
「ただ、抱きしめたいだけ。それ以上は、なにもしないよ」
そう言って、優しく微笑んだ。
わたしは、はっとして歩の目を見た。
「怖い?」
眉を下げてわたしを見つめている。
そんなことはない。
信じてる、多分。
だけど。
歩だって、男だから。
男の人は、ああいう欲望ってあるんでしょ?
わたしがうつむいたまま、黙っていると、
「下手にみちるに触れたら、壊れてしまいそうだ」
と言って、やわらかい笑みを浮かべた。
そして、
「俺は、大切な人を壊したくはない」
と。
わたしは、歩の手をぎゅっと握りしめた。
そして、こくりとうなずいた。
歩のアパートへ向かう途中、わたしの鼓動はいつもより大きく波打っていた。
きっと、歩にも伝わっている。
つないだこの手を伝って。
歩は、歩。
あいつじゃない。
そう、何度も自分に言い聞かせた。
歩は部屋の戸を開け、どうぞ、とわたしを先に部屋へ入れてくれた。
歩の部屋。
男性の部屋。
歩は今日は、病人じゃない。
わたしはテーブルの前に座ると、穴が開いてしまうくらいテーブルの縁をじっと見つめていた。
「なにか飲む?」
歩は、冷蔵庫をのぞいている。
「麦茶、ほうじ茶、緑茶……」
その選択肢に思わず笑ってしまった。
「麦茶でお願いします」
「OK」
そう言うと、コップに麦茶を注いでテーブルの上に置いてくれた。
わたしが一口飲んで、コップをテーブルに戻した時、歩がそっと手を重ねた。
わたしの心臓が、一瞬小さくなった。
「おいで」
そう言って、わたしを引き寄せた。
わたしは、顔を歩の広い胸にうずめた。
歩の鼓動が聞こえる。
わたしと同じように、波打っている。
歩はぎゅっと抱きしめて、
「こうしたかったんだ」
と、わたしの耳元で囁いた。
耳にかかる歩の吐息が、こそばゆかった。
「好きだよ。大好き」
歩は大きな手でわたしの顔を包んだ。
優しい目で、わたしを見つめている。
わたしはどこを見ればいいのかわからなくて、目が泳いでしまった。
「キスしても、大丈夫?」
そう言って、親指でわたしの唇をそっと撫でた。
わたしは視線を合わせられないまま、小さくうなずいた。
すると歩は顔を傾けて、わたしの唇にかすかに触れただけのキスをした。
「大丈夫?」
わたしの顔をのぞきこんで、優しく微笑む。
わたしは、うん、とうなずいた。
「もう一度、してもいい?」
黙ってうなずくと、今度は少し長く唇が重なった。
わたしは歩の服をきゅっとつかんだ。
唇が重なっている間、息をするのを忘れた。
歩の唇が離れた時、大きく深呼吸してしまった。
歩はもう一度、わたしを強く抱きしめた。
「かわいい。大好き」
そう言って、わたしの髪をいつまでも撫でてくれた。



