君の声

 それからの二日間は大きなトラブルもなくあっという間に過ぎていった。最終日目前でも来場者は日に日に増えていく。
 開館時間中、樹は館内を走り回り、詩織は音響ブースからイベントを支える。
 朝、顔を合わせれば「おはよう」と声を掛け合い、閉館後には「お疲れさまでした」と笑い合う。そんな時間が樹にとって特別だった。スタッフと笑う詩織を遠くから静かに見つめる。一つひとつ焼き付けるように。
「……いよいよ明日、最終日ですね」
 閉館後。バックヤードから出てお疲れさまと声をかけた樹に詩織がいう。
「終わっちゃうの、寂しいです」
「……そうだな」
 樹は静かに返す。
「私。佐野さんとお仕事一緒にできて楽しかったです」
 そう言って微笑む詩織を樹は優しく見つめる。
「俺も。」
 短く返して、車のキーを取り出した。
「送ってく」
 詩織は嬉しそうに頷いた。詩織を乗せ、海沿いを走る。
「この景色も、もう少しですね」
 窓の外を流れる景色を見つめ、詩織が呟いた。
「いつでも見れるさ」
 樹は前を向いたまま答える。沈黙が車内に落ち、カーステレオから流れる音楽だけが響いていた。
「ありがとうございました。」
「明日、またよろしく」
 詩織を降ろしその背中がマンションに消えるのを見送って樹は来た道を戻っていく。
 ハンドルを握りながら思い返すのは隣で笑う詩織の笑顔。
 誰よりも明るく笑う彼女を、守りたい。
 気づけば海辺に戻って来ていた。車を止め、外に出ると波の音だけが聞こえてくる。ほんの一瞬、海を眺めて助手席側へ回る。窓越しに、誰もいない車内を見つめた。ポケットからスマートフォンを取り出し、数回タップして耳に当てる。数秒の呼び出し音のあと、機械音が途切れた。
「夜分にすみません。佐野です。」
『おう、お疲れ』
「お疲れさまです。」
『……決めたか?』
「はい。」
 樹は一度、目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。潮風の匂いが胸に広がる。
「海外の話、お受けしたいと思います。」
 誰もいない助手席を見つめてはっきりと告げた。