イベントの開催も残すところあと4日。
樹が朝早く水族館に着くと、まだ開館前の館内には静かな水音だけが響いていた。
誰もいない館内をゆっくり歩く。ここ最近の日課だった。水族館のスタッフが魚たちに餌をやる。その様子を眺めながら、その日のスケジュールを確認する。足を止めたのはクラゲ水槽の前。ふわふわと浮かんでは沈んでいくクラゲを見つめる。
(ここで、いろいろあったな)
思い返すのは詩織の姿。何かと出会う場所はここだったような気がする。
「おはようございます、佐野さん」
聞こえた声に顔を上げれば資料を抱えた詩織が立っていた。
「おはよう。今日は早いね」
クラゲ水槽から、ゆっくり詩織の元へ向かう。
「なんだか早く来たくなっちゃって」
隣に並び歩幅を合わせる。朝のやりとりは当たり前になっていた。
「そういえば、夏祭りイベント。早速SNSで話題でしたよ」
「君は、そういう情報が早いな」
「任せてください。一日限定っていうのがちょっともったいなかったなって思います」
話しながらスタッフルームのドアを開ける。中では広瀬が昨日までのアンケートを集計していた。
「あ、先輩。おはようございます。」
「おはよ」
「白石さんも、おはようございます」
「おはようございます」
「あ、そうだ!見てくださいこれ!」
広瀬が束を差し出した。樹は広瀬から束を受け取るとパラパラとめくった。
『泣きました』
『また来たい』
『楽しかった』
『子供の頃を思い出しました』
『ナレーションが忘れられない』
そんな言葉が並んでいる。
「昨日までの感想です。先輩、すごいっすね!!」
広瀬が嬉しそうに笑う。自分が目指してきたものが少しだけ形になったような気がした。
「佐野さん、よかったですね」
隣で詩織も笑う。
「いや、俺だけじゃない。白石さんの声があったからだよ」
詩織は少し目を丸くして、小さく笑った。
「——先輩、俺は?」
「……広瀬もだよ」
「ですよね!!よっしゃ、あと4日頑張りましょー!」
広瀬の声に樹は思わず息をつく。隣で詩織は楽しそうに笑っている。この何気ない時間が、樹には愛しく思えた。
開館と同時に館内は多くの人で賑わった。樹は運営本部と館内を何度も行き来し、スタッフへの指示やスポンサー対応に追われる。大きなトラブルもなく一日が慌ただしく過ぎていき、閉館のアナウンスが流れ、一日が終わる。
イベント終了まで、あと3日。
仕事を終え車に乗り込み、一人になると、樹は大きく息をつく。
決めなければいけなかった。浮かんでくるのは楽しそうに笑う詩織の笑顔。スタッフと冗談を言って、広瀬と笑って、来場者の感想を楽しそうに読んでいる。
——その笑顔を、守りたい。
その想いだけは変わらず、強くなる。
もし俺が過去を明かせば。もし「好きだ」と伝えれば。
守りたい笑顔を曇らせるかもしれない。
樹は何かを決めたようにハンドルを握ると、ゆっくりとアクセルを踏み込み、車を走らせた。
樹が朝早く水族館に着くと、まだ開館前の館内には静かな水音だけが響いていた。
誰もいない館内をゆっくり歩く。ここ最近の日課だった。水族館のスタッフが魚たちに餌をやる。その様子を眺めながら、その日のスケジュールを確認する。足を止めたのはクラゲ水槽の前。ふわふわと浮かんでは沈んでいくクラゲを見つめる。
(ここで、いろいろあったな)
思い返すのは詩織の姿。何かと出会う場所はここだったような気がする。
「おはようございます、佐野さん」
聞こえた声に顔を上げれば資料を抱えた詩織が立っていた。
「おはよう。今日は早いね」
クラゲ水槽から、ゆっくり詩織の元へ向かう。
「なんだか早く来たくなっちゃって」
隣に並び歩幅を合わせる。朝のやりとりは当たり前になっていた。
「そういえば、夏祭りイベント。早速SNSで話題でしたよ」
「君は、そういう情報が早いな」
「任せてください。一日限定っていうのがちょっともったいなかったなって思います」
話しながらスタッフルームのドアを開ける。中では広瀬が昨日までのアンケートを集計していた。
「あ、先輩。おはようございます。」
「おはよ」
「白石さんも、おはようございます」
「おはようございます」
「あ、そうだ!見てくださいこれ!」
広瀬が束を差し出した。樹は広瀬から束を受け取るとパラパラとめくった。
『泣きました』
『また来たい』
『楽しかった』
『子供の頃を思い出しました』
『ナレーションが忘れられない』
そんな言葉が並んでいる。
「昨日までの感想です。先輩、すごいっすね!!」
広瀬が嬉しそうに笑う。自分が目指してきたものが少しだけ形になったような気がした。
「佐野さん、よかったですね」
隣で詩織も笑う。
「いや、俺だけじゃない。白石さんの声があったからだよ」
詩織は少し目を丸くして、小さく笑った。
「——先輩、俺は?」
「……広瀬もだよ」
「ですよね!!よっしゃ、あと4日頑張りましょー!」
広瀬の声に樹は思わず息をつく。隣で詩織は楽しそうに笑っている。この何気ない時間が、樹には愛しく思えた。
開館と同時に館内は多くの人で賑わった。樹は運営本部と館内を何度も行き来し、スタッフへの指示やスポンサー対応に追われる。大きなトラブルもなく一日が慌ただしく過ぎていき、閉館のアナウンスが流れ、一日が終わる。
イベント終了まで、あと3日。
仕事を終え車に乗り込み、一人になると、樹は大きく息をつく。
決めなければいけなかった。浮かんでくるのは楽しそうに笑う詩織の笑顔。スタッフと冗談を言って、広瀬と笑って、来場者の感想を楽しそうに読んでいる。
——その笑顔を、守りたい。
その想いだけは変わらず、強くなる。
もし俺が過去を明かせば。もし「好きだ」と伝えれば。
守りたい笑顔を曇らせるかもしれない。
樹は何かを決めたようにハンドルを握ると、ゆっくりとアクセルを踏み込み、車を走らせた。
