「白石さんも、急な方だと思うけど」
「え、なんですか、それ!」
今度は驚いたように言う。コロコロ変わる表情に樹は自然と口元が緩む。
「さて。頼もしい部下からお許し出たし、今日は帰ろうかな。」
誤魔化すように言うと、詩織をチラリと見る。
「……よかったら、飯でもどう?」
「……お腹、すきました」
「はは。じゃあ行こうか。荷物、取ってくる」
「私も行きます」
そう言って二人は並んで歩き出した。
「先輩、がんばれ」
二つの背中を眺め小さく呟いた広瀬は再び段ボールを抱えた。
樹の車はゆっくり海沿いを走っていた。今日は音楽は流れていない。その代わりに二人の他愛のない会話が途切れることなく続いていた。
イベントのこと、お互いの仕事のこと、友達のこと。今まで話してこなかった話を、ゆっくり言葉にしていく。気づけば目的の店に着いていた。
「着いたよ」
「ありがとうございます。」
海の見える小さなレストランに入り、二人は窓際の席に腰を下ろす。注文を済ませても二人の会話は途切れない。やがて料理が運ばれてきてもその空気は変わらなかった。
「子どもも、大人も。みんな楽しそうでしたね」
「広瀬が一番はしゃいでたな」
「確かに」
詩織が楽しそうに笑う。樹もつられて笑顔になる。食事は和やかに進んだ。
「ごちそうさまでした。」
「どういたしまして」
食事を終え、店を出ると昼間の暑さが嘘のように海風が心地よかった。車を走らせる。帰りの車内も、二人の会話は途切れない。ひとしきり笑ったあと、ふと窓の外へ視線を向けた詩織が言った。
「覚えてますか?初めて会ったとき、私が事故に遭ったって話したこと。」
詩織が呟く。
「あぁ。覚えてるよ」
樹も静かに頷く。忘れるはずなんてない。その言葉は飲み込んだ。
「あのとき、家族のこと以外、全部忘れちゃったんです」
詩織の言葉に樹は黙って耳を傾ける。
「綾、っていう友達がずっと支えてくれて。少しずつ、昔のことも思い出せるようになりました。」
詩織はゆっくり続ける。
「親も友達も、『全部思い出した』って喜んでくれました。」
詩織は少しだけ視線を落とした。
「……でも、私は何か忘れてるような、そんな気がずっとしてたんです。」
声のトーンが少し下がる。
「それでもいい、って思ってたんです。……前に、思い出したいの?って、聞きましたよね?」
再会したあの日。飲み会の帰り道、事故の話をした詩織に問いかけたことを思い出す。あの時はまだ、詩織が自分を忘れてしまっているなんて思いもしていなかった。
「……聞いたね」
「佐野さんに聞かれたときは、そんなことなかったんです。困ることもありませんでしたし。それに本当に思い出せないことがあるかもわからなくて。」
樹は黙って続きを待つ。
「……でも、今は。もし忘れてることがまだあるのなら、思い出したい。そう思うんです」
はっきりした声で言う詩織に樹は返事が出来なかった。ハンドルを握る手に、自然と力が入る。信号待ちで止まった車内に、短い沈黙が流れる。
「……佐野さんに言ってもしょうがないんですけどね」
沈黙を破ったのは詩織だった。困ったように笑いながら言う。
「なんでだろう。初めて会った時もそうでしたけど、佐野さん、話しやすいから余計なこと喋っちゃう。」
詩織は照れたように笑う。その声に、樹は小さく息を吐く。
「褒められてるんだよね?」
少しおどけて言えば詩織も笑う。
「褒めてます」
「ならよかった」
それ以上、樹は言葉を続けなかった。詩織も黙って窓の外を眺める。
「……また、連れて行ってくれますか?」
「え、なんですか、それ!」
今度は驚いたように言う。コロコロ変わる表情に樹は自然と口元が緩む。
「さて。頼もしい部下からお許し出たし、今日は帰ろうかな。」
誤魔化すように言うと、詩織をチラリと見る。
「……よかったら、飯でもどう?」
「……お腹、すきました」
「はは。じゃあ行こうか。荷物、取ってくる」
「私も行きます」
そう言って二人は並んで歩き出した。
「先輩、がんばれ」
二つの背中を眺め小さく呟いた広瀬は再び段ボールを抱えた。
樹の車はゆっくり海沿いを走っていた。今日は音楽は流れていない。その代わりに二人の他愛のない会話が途切れることなく続いていた。
イベントのこと、お互いの仕事のこと、友達のこと。今まで話してこなかった話を、ゆっくり言葉にしていく。気づけば目的の店に着いていた。
「着いたよ」
「ありがとうございます。」
海の見える小さなレストランに入り、二人は窓際の席に腰を下ろす。注文を済ませても二人の会話は途切れない。やがて料理が運ばれてきてもその空気は変わらなかった。
「子どもも、大人も。みんな楽しそうでしたね」
「広瀬が一番はしゃいでたな」
「確かに」
詩織が楽しそうに笑う。樹もつられて笑顔になる。食事は和やかに進んだ。
「ごちそうさまでした。」
「どういたしまして」
食事を終え、店を出ると昼間の暑さが嘘のように海風が心地よかった。車を走らせる。帰りの車内も、二人の会話は途切れない。ひとしきり笑ったあと、ふと窓の外へ視線を向けた詩織が言った。
「覚えてますか?初めて会ったとき、私が事故に遭ったって話したこと。」
詩織が呟く。
「あぁ。覚えてるよ」
樹も静かに頷く。忘れるはずなんてない。その言葉は飲み込んだ。
「あのとき、家族のこと以外、全部忘れちゃったんです」
詩織の言葉に樹は黙って耳を傾ける。
「綾、っていう友達がずっと支えてくれて。少しずつ、昔のことも思い出せるようになりました。」
詩織はゆっくり続ける。
「親も友達も、『全部思い出した』って喜んでくれました。」
詩織は少しだけ視線を落とした。
「……でも、私は何か忘れてるような、そんな気がずっとしてたんです。」
声のトーンが少し下がる。
「それでもいい、って思ってたんです。……前に、思い出したいの?って、聞きましたよね?」
再会したあの日。飲み会の帰り道、事故の話をした詩織に問いかけたことを思い出す。あの時はまだ、詩織が自分を忘れてしまっているなんて思いもしていなかった。
「……聞いたね」
「佐野さんに聞かれたときは、そんなことなかったんです。困ることもありませんでしたし。それに本当に思い出せないことがあるかもわからなくて。」
樹は黙って続きを待つ。
「……でも、今は。もし忘れてることがまだあるのなら、思い出したい。そう思うんです」
はっきりした声で言う詩織に樹は返事が出来なかった。ハンドルを握る手に、自然と力が入る。信号待ちで止まった車内に、短い沈黙が流れる。
「……佐野さんに言ってもしょうがないんですけどね」
沈黙を破ったのは詩織だった。困ったように笑いながら言う。
「なんでだろう。初めて会った時もそうでしたけど、佐野さん、話しやすいから余計なこと喋っちゃう。」
詩織は照れたように笑う。その声に、樹は小さく息を吐く。
「褒められてるんだよね?」
少しおどけて言えば詩織も笑う。
「褒めてます」
「ならよかった」
それ以上、樹は言葉を続けなかった。詩織も黙って窓の外を眺める。
「……また、連れて行ってくれますか?」
