君の声

 車に乗り込みエンジンをかける。帰り道を走りながらその二文字が頭から離れなかった。

 気づけばカレンダーは8月へ変わっていた。この日、樹は朝から水族館に来ていた。
 水族館のスタッフから、この地域では毎年8月に夏祭りが開かれることを聞いた。それに合わせて、小規模な夏祭りイベントを開催するのが恒例らしい。
「それ、やりたいっすね!」
 広瀬の一言がきっかけだった。話はあっという間にまとまり、その日だけ急遽、館内の一角に小さな夏祭りコーナーを設けることになった。ヨーヨーすくい、かき氷、水族館グッズが当たるくじ引き——。
 規模は決して大きくない。それでも、夏休みに訪れる子どもたちに少しでも楽しんでもらいたいという思いが詰まった企画だった。
「夏祭り、ですか?」
 お昼すぎ、様子を見にやってきた詩織が不思議そうに尋ねた。
「そう。この時期の恒例だったんだって」
 くじ引きコーナーで子どもたちに囲まれていた樹が笑う。
「企画書にありました?」
「広瀬の思いつき。本筋のイベントに影響はないし、音響にも影響ないから秘密にしてた」
「言ってくれたらお手伝いしたのに」
 少し不服そうに詩織は樹を見る。その顔に樹はいたずらっ子のような笑顔を見せる。
「頑張ってくれた白石さんへのご褒美も込めて。よかったら楽しんで行ってよ」
 そう言って樹は詩織を中に誘った。
「……子どもじゃないんですけど」
 そう言いながら詩織は少し照れくさそうに歩く。くじ引きを引き、かき氷を食べ、無邪気に笑う詩織に、一瞬だけ、浴衣姿ではしゃいでいた高校時代の詩織が重なった。
 『あの笑顔を守ってほしい』
 あの日の言葉が不意に胸をよぎる。ヨーヨーすくいで、子どもに笑顔を向ける詩織を見る。
(俺が守りたいのも、この笑顔だ)
 藤川と話した日からずっと胸の奥でつっかえていた思い。そばにいて守りたい、そう思う。
「佐野さん、見て!」
 無邪気な笑顔で詩織が樹を呼ぶ。一つの針で二つのヨーヨーをすくった手を見せながら笑っている。
「二つ取れた!」
 弾ける笑顔が眩しかった。
「……子どもじゃないって言ったのだれだよ」