その日の夕方。水族館での仕事を終えた樹は会社に戻っていた。水族館から直帰の予定が中原から呼び出された。
「戻りました」
人がまばらになったオフィスに顔を出す。
「お、佐野。お疲れ」
「お疲れさまです。話ってなんですか?」
デスクの仕切りからひょっこり顔を出した中原が手をあげる。
「まぁいいから。ついてこい」
樹は訳が分からないまま、自席に鞄だけ置いて中原の後をついていく。
「悪い話じゃないから」
途中、中原に何を聞いてもはぐらかされ、その真意は読み取れなかった。辿り着いたのは、社長室だった。
「……社長室?」
樹は思わず上司の顔を見る。
「ほら、入るぞ」
中原がノックしてドアを開け、促されるようにして樹も中に入った。目の前には社長が座っていて、思わず背筋が伸びる。
「君が佐野くん?」
社長——神崎陽斗は穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がった。
「そんなに固くならないでいいよ。座って」
神崎は笑いながらそう言って樹にソファへ座るように促した。
「ナイトアクアリウム、見せてもらったよ。最高だった。」
笑みを浮かべて言う神崎に樹は頭を下げる。
「ありがとうございます。でも開催期間が終わるまでは気を抜けないと思ってます。」
「いい心構えだ。スポンサーからも受けがよくてね。次の話があがってる」
神崎は楽しそうに笑った。樹の表情も自然と緩む。イベントが始まる前の急なナレーション交代の瞬間が頭を過る。
「いろいろあったことは聞いている。だけど、俺は現場判断が一番だと思ってる。」
「はい。」
「佐野くんのチームはいいものを作ってくれたね」
神崎のその言葉が、樹はただ嬉しかった。自分じゃない、自分の仲間が認めてもらえたことが嬉しかった。それからイベントの裏話を交えながら雑談が続いた。一通り話し終えたところで、神崎の空気が変わる。
「佐野くんってさ」
「はい。」
「海外、興味ない?」
予想外の言葉に樹は驚きを隠せなかった。
「海外、ですか?」
「そう。今度アメリカに支社を立ち上げる計画がある。」
神崎は深くソファに腰掛けたまま、まっすぐ樹を見据えた。
「その立ち上げメンバーの中心になってほしい。」
樹は思わず息をのんだ。
「今回のイベントでの君の判断力と対応力、見事だったよ。」
神崎は樹を見据える。
「将来的には、現地を任せられる人材になってほしいと思ってる。」
樹の隣で中原が笑っている。
「これは会社としての期待でもあるけど、俺個人が君に期待している」
神崎は笑う。
「今の案件が終わってからでいい。いい返事を期待しているよ」
その言葉を最後に中原とともに樹は社長室を後にした。オフィスに戻るとそこには誰もいない。
「海外って……」
まだ驚きが隠せない樹は困惑したように中原を見る。
「……少し前から海外支社の話は出ていたんだ。今回のイベントの成功を受けて、神崎社長がお前を指名した。俺も最初に聞いた時は驚いたよ。」
中原は誇らしげに樹を見る。
「でも、お前の返事を聞かずに決める気は社長にはないぞ。」
樹はただ中原を見つめる。
「お前なら、やれると俺は思う。」
上司はまっすぐ樹を見据えて言った。
「……まずは今やってるイベントを無事に終わらせることが優先です」
樹がやっと口にした言葉に上司は頷く。
「海外の件は、考えておきます」
樹はそう言って頭を下げると、鞄を手にオフィスを後にした。
外へ出ると夏の夜風が頬を撫でる。
—— 海外 ——
「戻りました」
人がまばらになったオフィスに顔を出す。
「お、佐野。お疲れ」
「お疲れさまです。話ってなんですか?」
デスクの仕切りからひょっこり顔を出した中原が手をあげる。
「まぁいいから。ついてこい」
樹は訳が分からないまま、自席に鞄だけ置いて中原の後をついていく。
「悪い話じゃないから」
途中、中原に何を聞いてもはぐらかされ、その真意は読み取れなかった。辿り着いたのは、社長室だった。
「……社長室?」
樹は思わず上司の顔を見る。
「ほら、入るぞ」
中原がノックしてドアを開け、促されるようにして樹も中に入った。目の前には社長が座っていて、思わず背筋が伸びる。
「君が佐野くん?」
社長——神崎陽斗は穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がった。
「そんなに固くならないでいいよ。座って」
神崎は笑いながらそう言って樹にソファへ座るように促した。
「ナイトアクアリウム、見せてもらったよ。最高だった。」
笑みを浮かべて言う神崎に樹は頭を下げる。
「ありがとうございます。でも開催期間が終わるまでは気を抜けないと思ってます。」
「いい心構えだ。スポンサーからも受けがよくてね。次の話があがってる」
神崎は楽しそうに笑った。樹の表情も自然と緩む。イベントが始まる前の急なナレーション交代の瞬間が頭を過る。
「いろいろあったことは聞いている。だけど、俺は現場判断が一番だと思ってる。」
「はい。」
「佐野くんのチームはいいものを作ってくれたね」
神崎のその言葉が、樹はただ嬉しかった。自分じゃない、自分の仲間が認めてもらえたことが嬉しかった。それからイベントの裏話を交えながら雑談が続いた。一通り話し終えたところで、神崎の空気が変わる。
「佐野くんってさ」
「はい。」
「海外、興味ない?」
予想外の言葉に樹は驚きを隠せなかった。
「海外、ですか?」
「そう。今度アメリカに支社を立ち上げる計画がある。」
神崎は深くソファに腰掛けたまま、まっすぐ樹を見据えた。
「その立ち上げメンバーの中心になってほしい。」
樹は思わず息をのんだ。
「今回のイベントでの君の判断力と対応力、見事だったよ。」
神崎は樹を見据える。
「将来的には、現地を任せられる人材になってほしいと思ってる。」
樹の隣で中原が笑っている。
「これは会社としての期待でもあるけど、俺個人が君に期待している」
神崎は笑う。
「今の案件が終わってからでいい。いい返事を期待しているよ」
その言葉を最後に中原とともに樹は社長室を後にした。オフィスに戻るとそこには誰もいない。
「海外って……」
まだ驚きが隠せない樹は困惑したように中原を見る。
「……少し前から海外支社の話は出ていたんだ。今回のイベントの成功を受けて、神崎社長がお前を指名した。俺も最初に聞いた時は驚いたよ。」
中原は誇らしげに樹を見る。
「でも、お前の返事を聞かずに決める気は社長にはないぞ。」
樹はただ中原を見つめる。
「お前なら、やれると俺は思う。」
上司はまっすぐ樹を見据えて言った。
「……まずは今やってるイベントを無事に終わらせることが優先です」
樹がやっと口にした言葉に上司は頷く。
「海外の件は、考えておきます」
樹はそう言って頭を下げると、鞄を手にオフィスを後にした。
外へ出ると夏の夜風が頬を撫でる。
—— 海外 ——
