君の声

 翌朝。あれから俺はどうやって家に帰ったか覚えていない。ただ詩織を失った喪失感だけが残っていた。ベッドから起き上がる気にもなれない。気づけば一限が始まる時間になっていた。
『お前今どこにいる?』
 京平からのメッセージに『家』とだけ返した。スマホを放り投げた先に見えたのはチェストに飾ってある詩織との写真。
『写真、増えたね』
 そう言って笑った詩織が浮かんでくる。
 なぁ。あのときは、まだ普通に笑い合えてたよな?
 もう枯れたと思った涙が頬を伝った。
 ほどなくして玄関のチャイムが鳴る。けだるい体を起こし、インターフォンを確認すると京平と拓馬がいた。ドアを開けると二人が雪崩れ込むように入ってくる。
「なんだよ、急に」
「お前が珍しく大学サボるからだろ。」
「何かあったって分かりやすいんだよ」
 押し付けられたビニール袋には、炭酸飲料が三本入っていた。
「酒はまだ俺ら飲めねぇからジュースだけど」
「大学とかサークルとか、今日はもういいでしょ」
「ほら、話聞いてやるから話せ」
 二人の言葉に俺は、柄にもなく泣き出してしまった。二人は黙って俺の肩を抱く。少し経って、落ち着いてから昨日のことを話し始めた。
「夜、詩織に電話したんだ。ちゃんと話そうと思って」
「でも、知らない男が出て」
「詩織の恋人です、とか言い出して」
「俺、頭ん中真っ白でさ」
 零れる言葉を二人は黙って耳を傾ける。
「あいつ、俺を忘れたいんだって。もう関わるなって」
「……それ、詩織ちゃんが言ったの?」
 拓馬が缶に口づけながら言う。
「いや、電話に出た男」
「じゃあ詩織ちゃん本人の気持ちは、分からないんじゃない。」
「なのにお前は、その男の言葉を信じんのか?」
 拓馬と京平の強い言葉に言葉が喉で詰まる。
「……俺だって、信じたいわけじゃねぇよ」
「でも、否定してくれる人、誰もいねぇんだ」
「それに、どうしても最後に見た涙が離れねぇ」
「詩織を泣かせるくらいなら、一緒にいないほうがいいんじゃないかって」
 力なく零した言葉に二人が黙る。
 本当は今すぐにでも詩織の元へ行って、ちゃんと話がしたかった。でもそれすら詩織を苦しめるだけじゃないか、また泣かせてしまうんじゃないかと思ったら何もできなかった。
「……樹が決めたんなら、俺らは何も言わない」
「今日はこのままサボろうぜ。ピザ頼もう、ピザ!」
 京平がそう言ってスマホを操作し始める。
「こんな朝からピザなんか食えるかよ」
 拓馬の呆れた突っ込みが聞こえる。こいつらとバカやってきてよかった、と心から思った。無理に前を向けとも、行けとも言わず、ただ俺の意思を尊重して隣にいてくれる。それだけで十分だった。
「……ありがとうな」
「樹、今なんか言った?」
「……なんでもねぇ」
 俺はぎこちないながらも笑顔を見せた。