「樹、ちょっと来い。」
講義が終わり、教室を出たところで京平に肩を掴まれる。そのまま拓馬と三人で講義棟の裏手へ歩く。
昼休み前の時間帯。学生たちの姿は正面玄関へ流れていき、この場所にはほとんど人がいなかった。コンクリートの壁にもたれた京平が、俺をじっと見た。
「お前、何かあっただろ」
詩織に連絡できないまま一カ月が過ぎていた。
スマホの通知が光る度に画面を開く。講義が終わる度。サークルが終わる度。バイトの前も終わった後も。家に帰って布団へ入ってからも、何度もメッセージアプリを開いてしまう。
詩織から連絡が来ていないか。
自分は言い訳を並べて何一つ送れないくせに、「もしかしたら詩織から送ってきてくれるかもしれない」と、どこかで期待している自分がいた。
「別に、なんもねぇよ」
ぶっきらぼうに返した自覚はある。
「らしくない顔しやがって。」
京平の呆れた声が響く。
「詩織ちゃんと、喧嘩でもした?」
拓馬が訊ねてくる。その言葉に思わず反応してしまった。
「図星だな」
「だいたい検討はついてたけどな」
二人から呆れのため息が聞こえる。
「……だったらなんだよ。」
図星だった。否定したいのにできない。見抜かれた気まずさと気づかれた安堵が胸の中で入り交じった。
「だから聞いてんだよ」
「は?」
「樹が聞いてほしいなら聞くけど。」
「講義も上の空で聞いてるの見ちまうと流石にほっとけねぇわ」
思わず二人の顔を見る。そこには昔から変わらない親友二人がいた。
「……俺の誕生日の日に」
小さく呟く。二人は黙ったままだ。
「詩織が家に来て、たくさんの料理作って待っててくれたんだ。一緒にお祝いしようって」
「俺、その日バイトで。早めに上がらせてもらう約束してたけど、もう上がれるってタイミングで後輩が客に絡まれちゃって。助けに入ったら殴られて」
「それで頬のとこ怪我してたのか」
京平の言葉に頷く。
「警察呼んで、事情聴取受けてたら一時間くらい経ってた。帰ったら詩織が心配してくれたけど、心配かけたくなくて本当のこと言えなくて。」
握った拳に力が籠る。あの日の詩織の不安そうな顔がよぎる。
「私には言えないことなのって……泣かせてしまった」
力なく呟いた声は聞こえていただろうか。
「……なんで本当のこと言わなかった。」
「言えるかよ。泣かせたくなかったんだ……警察絡んでるし、心配かけるようなこと出来っかよ!」
京平の言葉に思わず声を荒げた。ずるずるとその場に座り込む。
「……その結果、後悔してんじゃねぇのかよ」
「樹の気持ちも分かるけど、ちゃんと話せば詩織ちゃんなら分かってくれたと思う」
京平と拓馬の言葉が降ってくる。
そんなことは俺が一番分かっている。分かっているのにあの時はどうしても言えなかった。あの時、本当のことを話していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「……で?」
京平が一言だけ聞いてくる。思わず京平を見上げた。
「一カ月も放っておいて、このまま終わらせるつもりか?」
「終わらせるわけじゃ……」
「じゃあ何だ」
言葉に詰まる。
「……嫌われたかもしれない」
やっと絞り出した本音だった。
「連絡しても返ってこなかったらって思うと……送れない」
沈黙が落ちる。
「樹。」
沈黙を破ったのは拓馬だった。静かに続けた。
「それ、詩織ちゃんも同じこと思ってるんじゃないか」
「……え?」
「樹から連絡来ない、嫌われたかもって」
その一言に、胸が締め付けられた。
「お前ら、似た者同士なんだよ。」
京平が呆れたように笑う。その横で拓馬も頷いている。
「勝手に一人で考えて、勝手に落ち込んで。だったら、一回ちゃんと話をしろ」
「このまま終わらせたくないんだろ」
二人の声に、俺の中で迷いが消えていく。どれだけ後悔しても誤解させたのは俺で、泣かせたのも俺。それでも詩織だけは手放したくない。
「……電話する。ちゃんと話すわ」
「そうしろ」
「出なかったらその時はその時考えたらいい」
「……怖いこと言うなよ」
俺の情けない呟きに京平と拓馬が笑う。俺も肩の力が抜けて一緒に笑う。こいつらにはやっぱり隠せない。二人の指摘は的を射ていて怖い。でも俺はこいつら親友でよかったと思ったんだ。
講義が終わり、教室を出たところで京平に肩を掴まれる。そのまま拓馬と三人で講義棟の裏手へ歩く。
昼休み前の時間帯。学生たちの姿は正面玄関へ流れていき、この場所にはほとんど人がいなかった。コンクリートの壁にもたれた京平が、俺をじっと見た。
「お前、何かあっただろ」
詩織に連絡できないまま一カ月が過ぎていた。
スマホの通知が光る度に画面を開く。講義が終わる度。サークルが終わる度。バイトの前も終わった後も。家に帰って布団へ入ってからも、何度もメッセージアプリを開いてしまう。
詩織から連絡が来ていないか。
自分は言い訳を並べて何一つ送れないくせに、「もしかしたら詩織から送ってきてくれるかもしれない」と、どこかで期待している自分がいた。
「別に、なんもねぇよ」
ぶっきらぼうに返した自覚はある。
「らしくない顔しやがって。」
京平の呆れた声が響く。
「詩織ちゃんと、喧嘩でもした?」
拓馬が訊ねてくる。その言葉に思わず反応してしまった。
「図星だな」
「だいたい検討はついてたけどな」
二人から呆れのため息が聞こえる。
「……だったらなんだよ。」
図星だった。否定したいのにできない。見抜かれた気まずさと気づかれた安堵が胸の中で入り交じった。
「だから聞いてんだよ」
「は?」
「樹が聞いてほしいなら聞くけど。」
「講義も上の空で聞いてるの見ちまうと流石にほっとけねぇわ」
思わず二人の顔を見る。そこには昔から変わらない親友二人がいた。
「……俺の誕生日の日に」
小さく呟く。二人は黙ったままだ。
「詩織が家に来て、たくさんの料理作って待っててくれたんだ。一緒にお祝いしようって」
「俺、その日バイトで。早めに上がらせてもらう約束してたけど、もう上がれるってタイミングで後輩が客に絡まれちゃって。助けに入ったら殴られて」
「それで頬のとこ怪我してたのか」
京平の言葉に頷く。
「警察呼んで、事情聴取受けてたら一時間くらい経ってた。帰ったら詩織が心配してくれたけど、心配かけたくなくて本当のこと言えなくて。」
握った拳に力が籠る。あの日の詩織の不安そうな顔がよぎる。
「私には言えないことなのって……泣かせてしまった」
力なく呟いた声は聞こえていただろうか。
「……なんで本当のこと言わなかった。」
「言えるかよ。泣かせたくなかったんだ……警察絡んでるし、心配かけるようなこと出来っかよ!」
京平の言葉に思わず声を荒げた。ずるずるとその場に座り込む。
「……その結果、後悔してんじゃねぇのかよ」
「樹の気持ちも分かるけど、ちゃんと話せば詩織ちゃんなら分かってくれたと思う」
京平と拓馬の言葉が降ってくる。
そんなことは俺が一番分かっている。分かっているのにあの時はどうしても言えなかった。あの時、本当のことを話していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「……で?」
京平が一言だけ聞いてくる。思わず京平を見上げた。
「一カ月も放っておいて、このまま終わらせるつもりか?」
「終わらせるわけじゃ……」
「じゃあ何だ」
言葉に詰まる。
「……嫌われたかもしれない」
やっと絞り出した本音だった。
「連絡しても返ってこなかったらって思うと……送れない」
沈黙が落ちる。
「樹。」
沈黙を破ったのは拓馬だった。静かに続けた。
「それ、詩織ちゃんも同じこと思ってるんじゃないか」
「……え?」
「樹から連絡来ない、嫌われたかもって」
その一言に、胸が締め付けられた。
「お前ら、似た者同士なんだよ。」
京平が呆れたように笑う。その横で拓馬も頷いている。
「勝手に一人で考えて、勝手に落ち込んで。だったら、一回ちゃんと話をしろ」
「このまま終わらせたくないんだろ」
二人の声に、俺の中で迷いが消えていく。どれだけ後悔しても誤解させたのは俺で、泣かせたのも俺。それでも詩織だけは手放したくない。
「……電話する。ちゃんと話すわ」
「そうしろ」
「出なかったらその時はその時考えたらいい」
「……怖いこと言うなよ」
俺の情けない呟きに京平と拓馬が笑う。俺も肩の力が抜けて一緒に笑う。こいつらにはやっぱり隠せない。二人の指摘は的を射ていて怖い。でも俺はこいつら親友でよかったと思ったんだ。
