君の声

 もう、今はただ詩織との時間を過ごしたかった。だから、俺はこの時ですら気づいていなかった。詩織の笑顔の奥から不安が消え切っていないことに。
 穏やかな時間が流れ、食事を終えかけた頃。思い出したように立ち上がった。
「そうだ、ちょっと待ってて」
 鞄の中に忍ばせておいたプレゼントを取り出す。振り返りながら口を開いた。
「これ——」
 それ以上言葉が続かなかった。詩織が泣きそうな顔をしていた。
「え、詩織?」
 慌てて駆け寄る。詩織は一瞬だけ俺を見て、すぐに俯いた。
「……今日、なんで遅かったの?」
「は?」
 予想もしなかった言葉に思わず聞き返す。
「だから……いろいろあって」
「いろいろって?」
「……それは言えない」
「じゃあ、その怪我は?」
「だから、転んだだけって——」
 俺は訳も分からずただ答える。言いながら、自分でも苦しい言い訳だと思った。詩織は静かに顔を上げた。
「——わたしには言えないこと?」
 その瞳を見た瞬間、胸が締め付けられた。
 違う。
 隠したいんじゃない。
 心配させたくないだけなんだ。
 そう伝えたいのに焦るほど言葉はうまく出てこない。
「俺の問題だから、詩織には関係ない」
 その瞬間だった。テーブルの上のスマホが震え、画面が光る。
『先輩、かっこよかったです』
 その文字が目に飛び込み、血の気が引いた。