君の声

 土曜の店内は、開店と同時に満席になるほどの賑わいだった。忙しい中でも早く帰れる。何より詩織が待ってる。そう思うと無意識に何度も時計を確認していた。
「佐野、4卓バッシング頼む。それ終わったら今日はもう上がっていいから」
「わかりました!」
 4卓に向かう途中、フロアの奥から小さな悲鳴が聞こえた。
「や、やめてください……」
 視線を向けると、新人のアルバイトが酔った男性客に腕を掴まれていた。
「いいじゃん、一杯くらい付き合えよ」
「申し訳ありません、お客様……」
 困り切った表情の後輩を見た瞬間、俺は駆け寄った。
「お客様、こちらは勤務中です。ご注文でしたら私がお伺いします」
 穏やかに間に入ると、男は不機嫌そうに俺を睨みつけてくる。
「なんだお前。俺はこの姉ちゃんと話してんの。邪魔すんな」
「申し訳ありません。ほかのお客様ご迷惑になりますので——」
 その瞬間、男に胸ぐらをつかまれる。店内の空気が一変したのがわかる。
「佐野!」
 店長の声が飛ぶ。男は俺の胸ぐらをつかんだまま酒臭い息を吐きかける。
「説教してんじゃねぇよ」
「……説教ってそんな」
 次の瞬間だった。振り上げられた拳が、そのまま俺の頬を捕らえた。鈍い衝撃が走り、思わず体がよろめく。
「きゃっ!」
 後輩の悲鳴と同時に、店長と男性スタッフが男を取り押さえた。
「警察を呼べ!」
 店内は騒然となり、俺は殴られた頬を押さえながら立ち上がる。わずかに口の中に広がる血の味。
「……佐野さん、あの、私……」
「君は悪くない。けがはない?」
 後輩は小さく首を振る。
「佐野、大丈夫か!」
「俺は平気です。それより店の方が」
 奥では何事かと顔を出す客たちの対応にスタッフが回っていた。
「こっちはいいから、お前ちょっと休んでろ。警察が来たら事情聞かれると思う。」
「……分かりました」
 店の奥から、氷を持った先輩が走ってくるのが見えていた。

 警察の事情聴取も終わり、店を出る頃にはだいぶ時間が経っていた。
「悪かった、早めに帰らしてやるって言ったのに」
 店の裏口で店長が頭を下げる。
「平気です。じゃあお疲れさまでした」
 歩き始めてスマホを見ると詩織からの着信やメッセージが何件も入っていた。