君の声

「白石と初めて会ったのは、彼女が一年の春でした。」

 僕が二年になって間もない頃。
 校内を歩いていると、後ろから小さい声が聞こえた。
 『あの……これ、落としましたよ。』
 振り返ると、一人の女子学生が学生証を差し出していた。足元に落ちていたことにも気づけなかったそれを受け取ると、彼女は安心したように笑った。
 『よかった。』
 その笑顔が妙に印象に残った。

「……正直に言うと、一目惚れでした。」
 藤川は照れくさそうに苦笑する。
「でも、それも長くは続きませんでした。」

 同じゼミになり、少しずつ話すようになった。
 時々、白石が嬉しそうにスマートフォンを見つめる姿を何度も目にした。
 ある日、友人との何気ない会話で知った。
 『高校の時から付き合ってる彼氏がいるらしいよ。』
 その一言で、全部納得した。
 楽しそうに笑う理由も。時々、誰かに電話をかけていた理由も。

「だから、何もしませんでした。」
 藤川は静かに笑った。
「友達として隣にいられれば、それで十分だと思っていました。」

 同じゼミで課題に取り組み、昼休みに他愛ない話をする。
 白石はいつもよく笑っていて、誰にでも分け隔てなく接する人だった。
 だから、僕にも普通に笑いかけてくれた。
 恋人の話も、隠すことはなかった。
 「樹くん、この前ね」
 そんなふうに話し始めることも少なくなかった。

「本当に幸せそうだったんです」
 樹は何も言わず、耳を傾ける。
「でも、二年になってからでした。」
 藤川はカップを見つめながら続けた。
「恋人の話をしていても、時々、表情が曇るようになったんです。」

 ある日の昼休み。課題の合間に、二人でベンチに座っていました。
 白石がぽつりと笑ったんです。
 『最近、樹くん忙しいんです』
 その言い方は、どこか嬉しそうでした。
 『サークルもあるし、バイトもあるし。友達も多いから、毎日楽しそうで』
 誇らしそうに話していた。
 でも。
 その笑顔のあとに、小さく俯くんです。
 『……人気者だから。』
 そう言って笑ったあと、小さく続けたんです。
 『だから、私が寂しいなんて言ったら、困らせちゃいますよね。』
 僕は思わず言いました。
 『それくらい言ってもいいんじゃない?』
 すると白石は首を横に振ったんです。
 『だめです』
 『樹くんには樹くんの世界がありますから』
 『私がそれを壊したくないんです。』

「その言葉だけは、今でも覚えてます。」