君の声

 信号が青に変わる。樹はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「……もう一回、好きになってもらおう」
 それは誰に聞かせるでもない、小さな決意だった。

 イベントも開催から三週目に入った頃。夏休みに入ったこともあり、ナイトアクアリウムは連日盛況を続けていた。樹が自席で仕事をしていると広瀬が声をかけてきた。
「先輩、来週なんですけど、雑誌取材の連絡が来ました」
「取材?」
 顔をあげると広瀬がタブレット片手にメールを確認していた。
「『カルチャープレス』ってところです。イベントがSNSで話題になってるみたいで。担当は……藤川さんです」
「分かった。日程だけ押さえといて。」
「了解です」
 広瀬は短く返事をすると自席へ戻っていく。樹は再びパソコンへ視線を戻した。取材依頼自体は珍しいことではない。イベントが話題になれば、メディアからの問い合わせが増えるのは毎年のことだった。
 ——藤川
 どこにでもある名字だ。そう思った樹は特に気にも留めず、目の前の報告書へ意識を戻した。