君の声

 翌日。待ち合わせの朝。樹は目覚ましが鳴るより前に目を覚ました。
「……時間はあるな」
 ベッドから起き上がり、コーヒーメーカーをセットする。香りが広がるのを待つ間にクローゼットを開けた。白のTシャツにネイビーのシャツにデニム。普段より少しだけ時間をかけて服を選び、洗面台に向かう。
「……なに張り切ってんだ、俺」
 鏡に映る自分は口元が緩んでいた。思わず苦笑して、寝ぐせの残る髪を軽く整える。

 ◇

「どれにしよう……」
 詩織はベッドの上に何着もの服を広げ、鏡の前で何度も合わせていた。白地に青の花柄のワンピースを胸元に当て、小さく首を傾げる。
「うん、これにしよう」
 着替えを済ませると洗面台の前に立ち、ヘアアイロンでゆっくりと髪を整えた。
「……べ、別にかわいいって思われたいわけじゃないから」
 誰に言うでもなく呟いて、自分で少し照れてしまう。いつもと同じ休日なのに、今日は少しだけ胸が落ち着かなかった。それでもその感覚がどこか懐かしい気がした。

 ◇
 
 待ち合わせ場所に早く着いた樹はスマートフォンを取り出した。映画館のサイトを開き、上映時間の確認をする。昨日、購入したチケットを確認してスマートフォンをポケットにしまう。
 ちょうど、詩織が歩いてくるのが見えた。詩織も樹に気づくと駆け寄ってくる。
「すみません、お待たせしちゃいました」
「俺も今来たとこ。」
 樹は詩織の姿を一度見て、ふっと笑った。
「……かわいいね」
「え?」
 樹の言葉に詩織は目を丸くする。
「前に俺も言われた」
「……あ」
「仕返し成功(笑)」
 樹はいたずらっぽく笑う。
「もう……。」
 少し頬を染めながら、詩織は照れくさそうに視線を逸らした。
「……でも」
 樹は改めて詩織を見つめる。
「本当に似合ってると思うよ。」
 その一言に詩織の表情が和らぐ。
「本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに笑う詩織を見て、樹もつられて笑った。
「じゃあ、行こっか。チケットは買ってある。」
 樹は駐車場の方へ歩き出す。
「あれ、映画館って反対じゃなかったですか?」
「そうだよ。でも、今日は車。せっかくだしね」
 そう言って樹は車のロックを解除した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 助手席のドアを開けてもらい、詩織は少しだけ照れながら乗り込む。樹も運転席に乗り込みエンジンをかけた。車内に流れ出す音楽を、詩織は僅かに口ずさむ。樹はその様子を横目に見ながら車を走らせた。しばらく走ると、映画館の入るショッピングモールに着いた。車を降りて二人は並んで歩き出す。休日のショッピングモールは多くの人で賑わっていた。家族連れやカップルが行き交う中、二人も流れに合わせて歩く。
「映画館着いたら、何か買う?」
「……ポップコーン食べたいです」
「了解」
 そんな会話をしながら映画館に向かう。混み合う中で何度か人と肩がぶつかりそうになる。
「……っ」
 詩織が人波に流されそうになった、その瞬間。樹はそっと詩織の手首を掴んだ。
「……人、多いから。」
 少し照れくさそうに笑う樹に詩織は小さく頷いた。そのまま人混みを抜け、映画館の前まで来ると樹はゆっくり手を離した。詩織は離れた手にまだ残るぬくもりと、少しだけざわつく胸の奥を感じていた。
「塩とキャラメル、どっちがいい?」
 樹はフードメニューを眺めながら何事もなかったように尋ねる。その胸はさっきより少しだけ鼓動が速かった。
「佐野さんは?」
「俺はどっちでもいいかな。」
「……じゃあ、キャラメルで」
 詩織がそう答えると樹は店員に注文を伝えた。飲み物を受け取り、少し待ってから商品を受け取る。
「はい」
 樹が差し出したトレーを見て、詩織は思わず目を丸くした。
「あれ?」
 キャラメル味の隣に塩味のポップコーンも入っている。
「なんで……?」
「こっちは塩味。」
 樹はなんでもないように答える。
「悩んでたでしょ」
「……」
「両方食べたらいい。」
 その一言に、詩織は思わず笑みをこぼした。
「ありがとうございます」