それから数日。イベントは相変わらず盛況だった。樹と詩織のやり取りも増えていた。
『お疲れ様です』
『今日も忙しいですか?』
『昼ちゃんと食べてます?』
仕事の確認から始まったはずなのに、いつの間にかそんな他愛もない会話が混ざるようになっていた。
久しぶりの休日。
『じゃあ二時な』
「了解」
京平との電話を切ってスマートフォンをポケットにしまう。午後から京平と拓馬と待ち合わせをしていた。ショッピングモールの中を歩きながら、待ち合わせまで少し時間があることに気づき、目的もなく本屋へと足を向ける。店に入ると紙とインクの匂いが鼻をかすめる。新刊コーナーを横目に歩いていたその時だった。
「……あれ」
見覚えのある後ろ姿が目に入った。棚の前で立ち止まり真剣な顔で本を選んでいる。ゆるく巻かれた髪が肩から流れ落ちた。
(詩織……?)
そういえば、詩織は読書が好きだった——そう思った瞬間、顔を上げた詩織と目が合う。詩織は一瞬目を丸くして顔を綻ばせる。
「佐野さん!」
笑顔で駆け寄ってくる姿に樹の顔も無意識に綻ぶ。
「偶然ですね」
「だね。買い物?」
「はい。ちょっと見たいものがあって」
「へぇ」
そう言って視線を落とすと詩織の手にしていた表紙が目に入る。
「あ、それ俺も読んでる」
「本当ですか?」
「白石さんも読むんだ。」
「あまり普段こういうジャンルは読まないんですけど、このシリーズだけは昔から読んでいて。何がきっかけだったか覚えてないですけど」
詩織の言葉に樹の胸の奥が僅かに跳ねる。
高校で、初めて詩織と話をしたあの日。マイクテストをしたいから何か話して、と詩織に言われて喋ったのはこの作品のワンフレーズだった。
『樹くんが言うなら読んでみようかな』
樹の頭を掠める高校の記憶。放課後の樹の部屋で詩織は少し照れくさそうに笑っていた。
「……いいよね、そのシリーズ。もうすぐ映画も公開するな」
「そうなんですか?」
「知らなかった?」
「はい。本は読んでたんですけど、最近忙しくて」
「予告見たけど、結構良さそうだったよ」
「……気になりますね」
「俺も観たいんだよね」
「じゃあお互い観たら感想交換しましょうか」
そう言って詩織は微笑んだ。樹もつられるように笑う。不意にスマートフォンが震えた。画面には『京平』の文字。
「……っと」
樹は一度だけ画面を確認すると、ワンタップで着信を切り、詩織へ向き直った。
「ごめん。待ち合わせしてるんだった」
「そうだったんですね」
「俺そろそろ行くよ」
「はい。引き止めちゃってすみません」
「そんなことないよ。」
樹は小さく笑った。
「……会えてよかった。」
詩織は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふわりと笑顔を浮かべる。
「私もです」
軽く手を振り合い、樹は本屋を後にした。
樹が待ち合わせ場所に向かうと京平と拓馬はすでに揃っていた。
「おっ、やっと来た。」
「樹!お前、電話切ったな!」
「京平、うるさい。」
「悪い悪い。ちょっとな」
そう言いながら歩き出す。別れ際に見た詩織の笑顔がふと浮かび、気づけば口元が少しだけ緩んでいた。
「……何にやけてんの?」
「……にやけてねぇよ」
「いや、にやけてる」
「京平、うるさい。」
「俺じゃなくて拓馬だし」
樹は返事をせず、そのまま歩き出す。京平と拓馬は顔を見合わせた。
「……なぁ」
「ああ。」
「あの顔」
「高校の時と同じだな」
二人は意味ありげに笑う。
「「ふーん、そういうこと」」
少し先を歩く樹の背中を見つめながら二人はそっと口元を緩めた。
『お疲れ様です』
『今日も忙しいですか?』
『昼ちゃんと食べてます?』
仕事の確認から始まったはずなのに、いつの間にかそんな他愛もない会話が混ざるようになっていた。
久しぶりの休日。
『じゃあ二時な』
「了解」
京平との電話を切ってスマートフォンをポケットにしまう。午後から京平と拓馬と待ち合わせをしていた。ショッピングモールの中を歩きながら、待ち合わせまで少し時間があることに気づき、目的もなく本屋へと足を向ける。店に入ると紙とインクの匂いが鼻をかすめる。新刊コーナーを横目に歩いていたその時だった。
「……あれ」
見覚えのある後ろ姿が目に入った。棚の前で立ち止まり真剣な顔で本を選んでいる。ゆるく巻かれた髪が肩から流れ落ちた。
(詩織……?)
そういえば、詩織は読書が好きだった——そう思った瞬間、顔を上げた詩織と目が合う。詩織は一瞬目を丸くして顔を綻ばせる。
「佐野さん!」
笑顔で駆け寄ってくる姿に樹の顔も無意識に綻ぶ。
「偶然ですね」
「だね。買い物?」
「はい。ちょっと見たいものがあって」
「へぇ」
そう言って視線を落とすと詩織の手にしていた表紙が目に入る。
「あ、それ俺も読んでる」
「本当ですか?」
「白石さんも読むんだ。」
「あまり普段こういうジャンルは読まないんですけど、このシリーズだけは昔から読んでいて。何がきっかけだったか覚えてないですけど」
詩織の言葉に樹の胸の奥が僅かに跳ねる。
高校で、初めて詩織と話をしたあの日。マイクテストをしたいから何か話して、と詩織に言われて喋ったのはこの作品のワンフレーズだった。
『樹くんが言うなら読んでみようかな』
樹の頭を掠める高校の記憶。放課後の樹の部屋で詩織は少し照れくさそうに笑っていた。
「……いいよね、そのシリーズ。もうすぐ映画も公開するな」
「そうなんですか?」
「知らなかった?」
「はい。本は読んでたんですけど、最近忙しくて」
「予告見たけど、結構良さそうだったよ」
「……気になりますね」
「俺も観たいんだよね」
「じゃあお互い観たら感想交換しましょうか」
そう言って詩織は微笑んだ。樹もつられるように笑う。不意にスマートフォンが震えた。画面には『京平』の文字。
「……っと」
樹は一度だけ画面を確認すると、ワンタップで着信を切り、詩織へ向き直った。
「ごめん。待ち合わせしてるんだった」
「そうだったんですね」
「俺そろそろ行くよ」
「はい。引き止めちゃってすみません」
「そんなことないよ。」
樹は小さく笑った。
「……会えてよかった。」
詩織は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふわりと笑顔を浮かべる。
「私もです」
軽く手を振り合い、樹は本屋を後にした。
樹が待ち合わせ場所に向かうと京平と拓馬はすでに揃っていた。
「おっ、やっと来た。」
「樹!お前、電話切ったな!」
「京平、うるさい。」
「悪い悪い。ちょっとな」
そう言いながら歩き出す。別れ際に見た詩織の笑顔がふと浮かび、気づけば口元が少しだけ緩んでいた。
「……何にやけてんの?」
「……にやけてねぇよ」
「いや、にやけてる」
「京平、うるさい。」
「俺じゃなくて拓馬だし」
樹は返事をせず、そのまま歩き出す。京平と拓馬は顔を見合わせた。
「……なぁ」
「ああ。」
「あの顔」
「高校の時と同じだな」
二人は意味ありげに笑う。
「「ふーん、そういうこと」」
少し先を歩く樹の背中を見つめながら二人はそっと口元を緩めた。
