君の声

「ここで大丈夫です」
 水族館の入り口で詩織が振り返る。
「わざわざこれ、届けてくれてありがとう。あと資料も」
 手に持った紙袋を軽く掲げて樹が笑う。
「ふふ、どういたしまして」
「じゃあ気を付けてね」
「はい、また」
 詩織は軽く頭を下げて駅の方へ歩き出した。途中振り返って小さく手を振る。樹も軽く手を上げる。
 『また』——その何気ない言葉が、思っていたより胸に残った。
 その背中が見えなくなるまで樹はその場で見送っていた。スタッフルームへ戻ると広瀬が顔を上げ、不思議そうにする。
「あ、先輩やっと戻ってきた……って白石さんは?」
「午後から仕事があるって帰った」
「ちぇー俺も話したかったのに。……それなんですか?」
 テーブルに置いた紙袋を指さして広瀬が問う。樹は無意識に自分の方へ紙袋を引き寄せて言った。
「差し入れ」
「もしかして白石さんから?やったーありがとうござ……」
「お前のはないよ」
「えー!先輩のけち!」
「はいはい、なんとでも。ほら仕事するぞ」
 樹はパソコンを開いた。ぶつぶつ言いながら広瀬も同じく画面に向き直る。
(先輩、なんか嬉しそう。……わかりやすすぎ)
 キーボードを打ちながら、広瀬はこっそり隣を見る。さっきまで真面目な顔で資料を見ていたはずなのに、樹の口元がほんの少し緩んでいた。広瀬は何も言わず、にやりとした。