君の声

 一方その頃。
「……送っちゃった」
 スマートフォンを見つめたまま、詩織は小さく呟いた。会社の休憩スペース。テーブルの上には差し入れでもらった小さな箱が置かれている。中には可愛らしく包まれた焼き菓子がいくつも並んでいた。今回のイベントの労いに、と黒塚から差し入れされたものだった。
 本当に、一人では少し多かった。……それは間違っていない。でも。
「なんで佐野さんなんだろう……」
 ぽつりと漏らして自分ではっとする。別に深い意味なんてない。……多分。イベントの労いだから。そういうことにしておこう。そう、本当にただ思い浮かんだから。
 水族館のナイトアクアリウムが始まって数日。連日盛況だと聞いている。自分が立ち会った初日の館内の熱気も、あの日の慌ただしさも、もう遠いものになっているはずだった。
 それなのに、ふとした時に思い出す。
 落ち着いた声。少しだけ意地悪く笑う顔。耳元で聞こえた声まで、不思議なくらい鮮明だった。
「……何考えてるんだろ、私」
 頬を軽く叩いたその瞬間、スマホが震えた。反射的に画面を開く。
『佐野:甘いの平気』
 一瞬だけ胸が跳ねる。その下に続いたメッセージを見て、詩織は目を丸くした。
『佐野:カフェオレの人に言われたら断れない』
「……なにそれ」
 思わず笑ってしまう。けれど笑ったあとで少しだけ指が止まった。
 どうしてだろう。
 文字を見ているだけなのに、なんだか少しだけ嬉しかった。

『佐野:今度貰うわ』
『白石:今度っていつですか?』
『佐野:明日、水族館来る?』
『白石:まだ仕事終わってないんですか?』
『佐野:終わらないよ』
『白石:チーフ大変ですね(笑)』
『佐野:そう思うなら差し入れもってきて』
 送ったあとで、樹は少しだけ口元を緩めた。
 数秒後。
『白石:え?冗談じゃないんですか』
『佐野:半分』
『白石:半分ってなんですか(笑)』
『佐野:明日、午後ならまだ現場にいる。』
『白石:私も報告書、届けに行く予定あります』
『佐野:じゃあその時』
『白石:本当に差し入れ持って行ったほうがいいですか?』
『佐野:気持ちだけで』
『白石:それ一番困ります』
 思わず笑ってしまった。
「……先輩」
 顔を上げると広瀬が怪訝そうな顔で立っていた。
「さっきから怖いっす」
「何が」
「ずっとスマホ見て笑ってる」
「仕事の連絡だよ」
「仕事でそんな連絡します?」
「……広瀬」
「はい?」
「暇なら報告資料手伝え」
「あ、逃げた」