君の声

「そっか。」
 それ以上は樹も聞かなかった。また沈黙が流れる。でも不思議とそれが続いても気まずくはなかった。ただ少しだけ、時間がゆっくり流れているだけだった。
「……佐野さんって」
 不意に詩織が口を開く。
「ん?」
「この先、やりたいこととかあるんですか?」
 樹は少しだけ目を丸くする。
「急だね」
「なんとなくです」
 樹は手の中の缶を軽く回した。
「どうだろ」
 少し考えて、それから笑う。
「今は目の前のことで精一杯かな」
「でも——」
 夜空を見上げながら続けた。
「やれることが増えるなら、何でもやってみたいとは思う。色んな場所とか、色んな仕事とか。知らない景色は、見てみたいかも」
「佐野さんらしいです」
 詩織の言葉に樹は笑う。樹は缶コーヒーを軽く持ち直す。
「じゃあ、もう少しだけここにいようか」
「……はい」
 詩織は小さく頷いた。二人だけの静かな時間があった。
 何かを思い出したわけじゃない。何かが変わったわけでもない。夜の静けさの中に、それだけは確かに残っていた。