◇
インターハイ予選を目前にして、俺はかつてないほどのスランプに陥っていた。
周囲からの「勝って当然」という期待や重圧に、シュートがリングに嫌われるたび、焦りだけが空回りする。
「樹、今日の練習、ちょっと力入りすぎ。らしくないぞ」
朝錬が終わって主将となった京平が真面目な顔で声をかけてくる。
「わかってる。わかってるんだけどさ……」
いつもなら「樹、どんまい!」と軽く茶化してくる拓馬も、この時ばかりは少し心配そうに俺を見ていた。そんな仲間たちの気遣いさえ、今の俺にはプレッシャーを感じてしまうほど、精神的に追い詰められていた。
放課後。日が暮れた体育館でみんなが帰った後、一人で残ってボールを投げ続けた。何度シュートを打ってもボールはネットを揺らしてくれない。今日の練習でもありえないようなミスをした。京平や拓馬、後輩たちの心配そうな顔。その場では無理に笑って盛り上げた。もう一度打ったシュートはもはやネットをかすめることすらしなかった。
「くそっ!」
言いようのない悔しさと情けなさに思わずボールを叩きつけた。苛立ちが募り冷たい床に転がった。その時、誰もいないはずの体育館に、キュッキュッと静かに近づく足音が響いた。
「——みつけた」
聞き慣れた声と同時に頬に冷たさが触れる。
「冷てっ……」
驚いて顔を上げると、目の前にスポーツドリンクが差し出されていた。それを持つ詩織は「来ないから探しに来ちゃった」そう言って笑顔を浮かべる。体を起こして詩織からドリンクを受け取る。詩織が隣に座り込む。
「最近、無理してない?」
「……してないよ」
「嘘。してる」
まっすぐな詩織の視線に何も言えなくなる。
「勝たなきゃいけねぇから」
「……」
「ほら、俺エースだし」
詩織は少し考える素振りをして言った。
「ねぇ、全部一人でやろうとしてない?」
「は?そんなこと——」
「あるよ。できないなら頼ればいいじゃん。」
思わず言葉に詰まる。痛いところを突かれた気がした。それでも笑って誤魔化そうとした。
「彼女にそんなこと言われたら格好つかないんだけど。」
「なんで?」
詩織は首を傾げる。
「なんでって……男だから」
「意味わかんない」
つま先をパタパタさせながら詩織は続ける。詩織の言いたいことが分からず俺は詩織を見つめる。
「私は樹くんの恋人だよ。そういう時くらい頼ってくれたっていいじゃん。」
詩織はそう言って立ち上がると転がるボールを手に取る。
「頼られるのって、案外嬉しいものだよ。それに——」
ボールを差し出して言ったんだ。
「バスケはチーム、なんでしょ?」
その言葉にハッとした。いつの間にか俺は「勝つこと」ばかり見ていた。一緒に戦ってくれている仲間がいることを忘れて。固まる俺に詩織は続ける。
「みんなのエース、じゃなくて樹くんは樹くんのバスケをすればいいんだよ」
俺はうなだれる。俺はバカだな……そう思いながら顔を上げた。立ち上がり詩織の元に向かう。詩織は何も特別なことを言ったつもりもないんだろう。いつもの顔で笑っていた。
……だから余計に敵わないと思った。
「……お前さぁ」
「なぁに?おかしなこと言った?」
いたずらっぽく笑っている。ボールを差し出すその腕を軽く引っ張って、その華奢な体を腕の中に収めて、詩織の肩に顔をうずめる。
「……さんきゅ」
「なに、聞こえない(笑)」
けたけた笑う声に気恥ずかしくなる。それを隠すように腕に力を込めて言った。
「なんでもねぇよ」
インターハイ予選を目前にして、俺はかつてないほどのスランプに陥っていた。
周囲からの「勝って当然」という期待や重圧に、シュートがリングに嫌われるたび、焦りだけが空回りする。
「樹、今日の練習、ちょっと力入りすぎ。らしくないぞ」
朝錬が終わって主将となった京平が真面目な顔で声をかけてくる。
「わかってる。わかってるんだけどさ……」
いつもなら「樹、どんまい!」と軽く茶化してくる拓馬も、この時ばかりは少し心配そうに俺を見ていた。そんな仲間たちの気遣いさえ、今の俺にはプレッシャーを感じてしまうほど、精神的に追い詰められていた。
放課後。日が暮れた体育館でみんなが帰った後、一人で残ってボールを投げ続けた。何度シュートを打ってもボールはネットを揺らしてくれない。今日の練習でもありえないようなミスをした。京平や拓馬、後輩たちの心配そうな顔。その場では無理に笑って盛り上げた。もう一度打ったシュートはもはやネットをかすめることすらしなかった。
「くそっ!」
言いようのない悔しさと情けなさに思わずボールを叩きつけた。苛立ちが募り冷たい床に転がった。その時、誰もいないはずの体育館に、キュッキュッと静かに近づく足音が響いた。
「——みつけた」
聞き慣れた声と同時に頬に冷たさが触れる。
「冷てっ……」
驚いて顔を上げると、目の前にスポーツドリンクが差し出されていた。それを持つ詩織は「来ないから探しに来ちゃった」そう言って笑顔を浮かべる。体を起こして詩織からドリンクを受け取る。詩織が隣に座り込む。
「最近、無理してない?」
「……してないよ」
「嘘。してる」
まっすぐな詩織の視線に何も言えなくなる。
「勝たなきゃいけねぇから」
「……」
「ほら、俺エースだし」
詩織は少し考える素振りをして言った。
「ねぇ、全部一人でやろうとしてない?」
「は?そんなこと——」
「あるよ。できないなら頼ればいいじゃん。」
思わず言葉に詰まる。痛いところを突かれた気がした。それでも笑って誤魔化そうとした。
「彼女にそんなこと言われたら格好つかないんだけど。」
「なんで?」
詩織は首を傾げる。
「なんでって……男だから」
「意味わかんない」
つま先をパタパタさせながら詩織は続ける。詩織の言いたいことが分からず俺は詩織を見つめる。
「私は樹くんの恋人だよ。そういう時くらい頼ってくれたっていいじゃん。」
詩織はそう言って立ち上がると転がるボールを手に取る。
「頼られるのって、案外嬉しいものだよ。それに——」
ボールを差し出して言ったんだ。
「バスケはチーム、なんでしょ?」
その言葉にハッとした。いつの間にか俺は「勝つこと」ばかり見ていた。一緒に戦ってくれている仲間がいることを忘れて。固まる俺に詩織は続ける。
「みんなのエース、じゃなくて樹くんは樹くんのバスケをすればいいんだよ」
俺はうなだれる。俺はバカだな……そう思いながら顔を上げた。立ち上がり詩織の元に向かう。詩織は何も特別なことを言ったつもりもないんだろう。いつもの顔で笑っていた。
……だから余計に敵わないと思った。
「……お前さぁ」
「なぁに?おかしなこと言った?」
いたずらっぽく笑っている。ボールを差し出すその腕を軽く引っ張って、その華奢な体を腕の中に収めて、詩織の肩に顔をうずめる。
「……さんきゅ」
「なに、聞こえない(笑)」
けたけた笑う声に気恥ずかしくなる。それを隠すように腕に力を込めて言った。
「なんでもねぇよ」
