それから数日後。
詩織は再びスタジオに呼ばれていた。収録したナレーションの最終確認のためだ。ブースの前に立つと、あの日と同じ空気が少しだけ蘇る。ガラス越しのディレクションルームには、樹と広瀬の姿があった。樹がこちらに気づくと、小さく頷くだけで、すぐに資料へ視線を戻す。その一瞬が妙に落ち着く。
「白石さん、今日もお願いします」
広瀬の明るい声がインカム越しに響く。
「はい、よろしくお願いします」
詩織はヘッドホンをつけ、マイクの前に立った。数日前とは違う。緊張はある。でも、あのときのような”怖さ”はもうない。
『じゃあ、軽く一回通すよ』
樹の声が落ちる。短く、いつも通りの指示。詩織は息を整え、台本に視線を落とす。
「——未来は、いつだって小さな一歩から始まる」
声が自然に出る。あの日と同じ言葉。でも、少しだけ違う。
それは”試されている声”ではなく、”任されている声”だった。
収録が終わり、ブースの中に静寂が戻る。数秒後、広瀬が息を吐いた。
「問題なしです。むしろ安定してます」
軽い笑いが混じる。だが樹はすぐには何も言わなかった。しばらく画面を見つめたまま、マイク越しに一言だけ落とす。
『いいと思う』
それだけだった。でも詩織には十分だった。カフが切れる。ブースのドアが開く音がして、樹が入ってくる。ゆっくりとした足取りだった。
「……確認、終わりですね」
詩織が笑う。樹は一瞬だけ詩織を見て、それから軽く頷いた。
「ああ。もう大丈夫だ」
その言葉は、仕事の完了でもあり、どこか別の意味も含んでいた。少しの沈黙。詩織が先に視線を落とす。
「……あの時」
口を開く。樹が目を向ける。
「私、迷ってました」
「うん」
否定しない。詩織は言葉を探す。
「でも、選んでもらったって思って……」
そこで止まる。続きがうまく出てこない。樹は間を置いてから言った。
「選んだのは俺だ」
短い。でも揺るがない。詩織は小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
それだけだった。それ以上の言葉はいらなかった。ブースの外で、広瀬がわざとらしく咳払いをする。
「じゃあ、これはこれで終了ってことでいいですかね?」
空気が緩み、樹は笑った。
「終わりじゃないよ」
その一言に詩織が顔を上げる。樹は視線を逸らさずに続けた。
「まだ、始まったばかりだから」
詩織は再びスタジオに呼ばれていた。収録したナレーションの最終確認のためだ。ブースの前に立つと、あの日と同じ空気が少しだけ蘇る。ガラス越しのディレクションルームには、樹と広瀬の姿があった。樹がこちらに気づくと、小さく頷くだけで、すぐに資料へ視線を戻す。その一瞬が妙に落ち着く。
「白石さん、今日もお願いします」
広瀬の明るい声がインカム越しに響く。
「はい、よろしくお願いします」
詩織はヘッドホンをつけ、マイクの前に立った。数日前とは違う。緊張はある。でも、あのときのような”怖さ”はもうない。
『じゃあ、軽く一回通すよ』
樹の声が落ちる。短く、いつも通りの指示。詩織は息を整え、台本に視線を落とす。
「——未来は、いつだって小さな一歩から始まる」
声が自然に出る。あの日と同じ言葉。でも、少しだけ違う。
それは”試されている声”ではなく、”任されている声”だった。
収録が終わり、ブースの中に静寂が戻る。数秒後、広瀬が息を吐いた。
「問題なしです。むしろ安定してます」
軽い笑いが混じる。だが樹はすぐには何も言わなかった。しばらく画面を見つめたまま、マイク越しに一言だけ落とす。
『いいと思う』
それだけだった。でも詩織には十分だった。カフが切れる。ブースのドアが開く音がして、樹が入ってくる。ゆっくりとした足取りだった。
「……確認、終わりですね」
詩織が笑う。樹は一瞬だけ詩織を見て、それから軽く頷いた。
「ああ。もう大丈夫だ」
その言葉は、仕事の完了でもあり、どこか別の意味も含んでいた。少しの沈黙。詩織が先に視線を落とす。
「……あの時」
口を開く。樹が目を向ける。
「私、迷ってました」
「うん」
否定しない。詩織は言葉を探す。
「でも、選んでもらったって思って……」
そこで止まる。続きがうまく出てこない。樹は間を置いてから言った。
「選んだのは俺だ」
短い。でも揺るがない。詩織は小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
それだけだった。それ以上の言葉はいらなかった。ブースの外で、広瀬がわざとらしく咳払いをする。
「じゃあ、これはこれで終了ってことでいいですかね?」
空気が緩み、樹は笑った。
「終わりじゃないよ」
その一言に詩織が顔を上げる。樹は視線を逸らさずに続けた。
「まだ、始まったばかりだから」
