君の声


「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。オフなのにいろいろ付き合ってもらってありがとう」
 ハザードを点滅させ詩織の家の近くで車を停める。
「それなら私の方こそです。いろいろと刺激になりました。佐野さんといると楽しくて時間があっという間です」
 その言葉に樹は一瞬だけ胸の奥が痛む。それでも笑って、
「そっか、それならよかった」
 と返した。こういうところも、なにも変わらない。
「おやすみなさい」
 そう言って詩織は車を降りていった。詩織の背中が見えなくなるのを見届けて樹はひとつ大きなため息をつく。
 何かを振り払うように静かにアクセルを踏み込んだ。
 自宅に向かいながら今日一日を思い返す。
「……変わんねぇな、ほんと」
 思わず笑ってしまう。人を安心させるところも、無邪気に笑うところも。覚えていなくても、ちゃんと詩織のままだった。その事実が少しだけ嬉しかった。
 揺らぎそうになる自分の感情にも呆れてしまう。
 それでも、樹に迷ってる余裕はない。イベントを成功させることを一番に。
 今日浮かんだイメージを形にするべく、一度コンビニに車を止め、後部座席に置いた鞄からパソコンを取り出す。助手席のダッシュボードに反射する液晶の明かりが、車内を白く照らし出す。画面に表示されたイベントの企画書。その無機質な文字列の向こうに、さっきまで隣で笑っていた彼女の顔が嫌でも重なった。
 ——もしも
 湧き上がりそうになる感傷を、キーボードを叩く強い打鍵音でかき消す。今はまだ、この切なささえも武器にするしかない。イベントを形にするために、樹は夜の駐車場で静かに指を走らせた。